第5話 惨殺
細い集落内の道を走る白いバンの
東京近辺では産業廃棄物の廃棄場所が足りなくなっている。そのため
もともときな
入来はそこに付け入る
同じく建設予定地の土地を保有している戸枝家とは違って、宮下家は今、金に困っているという噂だ。産業廃棄物処分場建設のために、かなりの資産を関係各所にばらまいたためとも言われている。
たまたま代休で家にいた
茂吉の後を継いだ大吾はごく普通のサラリーマンで、ゆくゆくは
そのことを今泉が社長の入来に伝え、入来は満足した様子で「ついでに建設予定地も見ておいてくれ」と二人に命じたのである。
「もう帰れると思いましたよ」
とハンドルを握る河合がぼやいた。
「仕方ねえだろ、社長命令だかんな」
今泉が本日、十本目のたばこに火を点けながらそう答えた。
「今から東京に戻っても夜遅くなるのに、現場も見ておけって、帰るの何時になるか分からないじゃないスか」
と河合のボヤキは止まらない。
「なんだ、今日予定でもあったのか」
盛大に煙を吐き出しながら今泉が言った。
「……いや、ないス」
バンはうねうねと集落を
「なら、いいじゃねえか」
「まあ、そうなんスけどね」
何かの神社を通り過ぎると
「ひゃー、こんな田舎でも綺麗な娘はいるんスね」
突然、河合が声を張り上げ、吸っていたたばこを車内の灰皿に捨てるため下を向いていた今泉が顔を上げた。
この山道の先に家があって、これから
近づいて通り過ぎるとき、二人は薄ら笑いを浮べながらその娘を
河合が通り過ぎた娘の姿をバックミラーで見つめながら「戻って声かけてみましょうか」と目をギラギラさせて提案した。
「やめとけ、そんなことしてると本当に日が暮れちまう」
今泉はたばこの箱から十一本目のたばこを探りながら答えた。
「
「いいからちゃんと運転しろって。場所、分ってんだろうな」
今泉つまらなそうにそう答えた。二軒並んで立つ家を過ぎると、もう森に覆われるような山道になった。
「もうバッチリス」
と言いつつ、河合は消えつつある娘の後姿をまだバックミラーから見つめていた。
日暮れ近く、森はシンと黙り込んでいる。
河合が運転するバンは観音堂を少し通り過ぎ、
「こんな所に車置いて大丈夫か」
と今泉が背伸びをしながらどら
「誰も通りませんて」
二人は観音堂を見上げながら、奥へ通ずる込みに分け入ったが、観音堂には誰も居ない。日が暮れ始めた山の中で、シンとして立っている。
「この神社から歩いて十五分くらいらしいス」
観音堂と神社の区別もつかない河合は今泉を
「おう、……しっかし、寒いな。下は
道は落ち葉がそのままだし、最近は誰も通らなかったせいか、良く注意しなければ道を
「誰も通っていないみたいスね……。ねえ今泉さん、
「まあ、山の中だからな、寒いんじゃないのか」
「でも、
「ここいらの木、何かに押し倒されたようだな、それにこの
今泉の言うように、道両側の木は山の奥から車道のある方向に押し倒され
「今泉さん、戻りませんか。さっきより寒くなったし……」
「まだ現場を見てねえじゃないか。俺も専務として見ておきたい」
「……はあ」
河合はため息のような返事を返した。専務と言っても四人だけの会社だけどなと彼は心の中で思っている。好きでこんな会社で働いているわけじゃねえとも思う。
今泉の方は、河合が次第に怖気づいてきているのを感じ、自分が先頭に立って奥へと進み始めた。
建設予定地に着いたのか、突然に視界が開けた。二人はそこが平坦な空き地だと聞いていたが、見た光景は足元から土が大きくえぐれ、すり
到着したときには、二人は完全に無口になっていた。今泉と河合の本能が、「戻れ、逃げろ」と告げている。冬はとっくに終わり、春だというのに二人の息は白くなっていた。すり
「物を捨てるにはもってこいの地形スね、でもひどく気味悪いス……」
怯えたように話しかけてくる河合を無視して今泉は、自分たちが立っている
「おい、
横に立っていた河合が悲鳴を上げてすり
とは言っても三、四メートルほどの穴である、二人は怪我もしていない。
「怪我、ないスか……」
と聞いてきたので今泉は一つ頷いた。視線を落ちてきた方向に向ける、このくらいの高さならなんとかよじ登れそうだった。
「たく、
そう言い今泉は立ち上がった。二人が落ちたところはすり鉢の底に近い
すり鉢の底を見回すと、山の
「登るぞ」
河合にそう言った。
河合が何故か薄く笑っている。身に理解できない事が起こり、戸惑っている時の笑いだった。
「……どうした」
「足を、……足を誰かが掴んでるんス」
突然、河合の背が二十センチ
苦痛と恐怖で河合がたまぎるような悲鳴を上げ始めた。
「助けて、助けてください、今泉さん……」
そう河合が叫ぶと同時にさらに彼の身体が地面に引き込まれた。河合は
今泉が河合を見ると、十センチほどの土の
とにかく逃げねばと、悲鳴を上げ続けている河合を見てそう思った。だが、足が動かない。慌てて目を
今度は今泉が悲鳴を上げる番だった。ずりずりと自分の身体が土に沈み込んでいく。今泉は信じられぬように河合の顔を見た。
河合の下半身は完全に土の中に引き込まれ、彼の血にまみれたスラックスなどの衣服と彼の肉がつぶされた芋虫のように残っている。
二人は悲鳴を上げ続けた。上げてもどうしようもない事は感じていたが、恐怖と
悲鳴は長く続いた。やがて河合の悲鳴が途切れ、彼がどうなったのかを理解した。
(俺も河合も、まだ何も悪い事していねえのにな)
苦痛の中で今泉はそう思っていた。
少しして今泉の悲鳴も終わった。二人のいた跡には、骨だけが地中に引きずり込まれ、チューブの中身が絞り出されるように、大量の血にまみれた彼らの肉、服が盛り上がり小さな
その二人の
花桃が咲く季節に 八田甲斐 @haxtutakai
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