第4話 日和とバトウ その2
―日和とバトウ その2―
観音堂でバトウに出会い一週間がたった。あの時別れ
ついに我慢しきれずに、高校入学式を翌日に控えた日、彼女は珍しく薄く化粧をして観音堂まで上っていった。居るだろうか、たぶん居ないだろうなと思いつつうねうねと曲がる坂道を上り、観音堂に着くと、少し難しい顔をしてあの時と同じネクタイ姿のバトウが
息を切らしながら彼に近づくと、鼻筋の通った
「言わなかったかな。もう来るなと」
バトウは日和にそう言った。
「……」
「見てのとおり、俺は人ではない、
まるで彼女に
「……
と日和は視線を足元に落とし、そう答えた。
「なぜ、
「分からないけど、ただ
自分でもまるで子供のような
「まあ良い、こちらに上がっておいで」
日和は初めて会った時のようにスニーカーを脱ぎ、縁(えん)に上がった。バトウは何かの気配を感じ取るように遠い視線を周囲に送っている。
「良い天気だ」
だが、周囲の気配を探っているようだが、バトウはそう言い、背中を堂の柱に預け座った。日和もそれを真似てバトウの隣に座る。
日差しが辺りの空気を温めて春の匂いを満たしていた。
「
日和の暮らす
「……今年は冬が長かったから、まだ咲いています」
「そうか、
「降りてくればいいのに」
思わずそう言った。
「そうもいかない、最近山が
そう答えたバトウの言葉に、日和は少し落胆した。そして胸の奥に潜んでいたもやもやとした
バトウと自分との距離はほんの三十センチ程しかない。春の匂いに混ざって、バトウから微かなお香に似た体臭が漂ってくる。もう少しバトウに身を寄せたいと思うのだが、まだ日和にはそういった大胆さがない。腹に降りてきたもやもやは、そこに留まり
「
そういった感情を
「山が
「山が……それは良いこと」
「あまり良いとは言えないな」
バトウはまるで楽しいことが起こるかのような口調で、そう答えた。
「あれは、何……」
矢島友則、友澤猛、添田克己の三人に大怪我を負わせた化け物の姿を、日和はあまり覚えていない。それを思い出すのを頭が拒否しているようだった。
怪我の度合いは、友則がもっとも
他の二人は、友則ほどではないものの、猛は左腕と左側の上半身、克己が右腕と右側の上半身にⅡ度からⅢ度となる火傷を負っている。彼らの火傷は、友則を両脇から支えて逃げた事で、彼の浴びた液体に触れたためとされていた。
三人の怪我は、何らかの原因で水酸化ナトリウム溶液を浴びたことによる
六人の話のとおり、確かに大きく重量のあるものが押しとおった形跡と大量の土塊が残ってはいたのだが、警察も消防もそれと三人の火傷を結び付けなかった。現場が産業廃棄物処分場建設予定地の近くであったため、結局は何らかの
そして、薬品が何故廃棄されていたのか、誰が廃棄したのかはうやむやにされ、不幸な事故ということで収まったのを日和は不審に思っている。
化け物が先を歩いていた三人を襲い、六人を追ってきたことや、バトウと思しき少年が化け物を追い払ってくれたことなどは、口をつぐんでいろと言うことだと理解し、それに日和達は従うしかなかったのだ。
あれは何なのかをバトウに訊ねると、彼は再び難しい表情をした。
「下では、あれはなかったことになっているのだろう」
彼のいう「下」とは大沢地区のことだろう。
「たぶん」
「それならそれで良い。知って得になるものでもない。ここの奥には
日和達が肝試しを行った観音堂の奥を郷では、昔から「
「でもさっき、山が身をくねらせているって……。また、私達を追いかけてきた物みたいなのが現れたということではないの」
少し食い下がるような物言いに日和はなっていた。彼女はもっと知りたいと思っていた、友則をあんな風にした化け物についてである。
「その
最初、肝試しのことを指している気がしたが、ふと
「……どうすれば良いのかしら」
「さあな、俺は関わらん。何が起こっても知らんな」
日和はバトウの言葉を聞き、彼は人が好きではないのかもしれないと思った。それほど、突き放すような物言いだったのだ。
「……バトウは人が嫌い」
と日和が彼を見上げながら訊ねた。
「好かないな、君はどういうわけか違うが」
「なんで」
日和がそう訊ねると、バトウがスッと身体を寄せてきた。
「なんでって言わせるのか、可愛いからかな」
バトウの瞳が金色に見え、日和は顔が熱くなるのを覚えた。
「ううん、そうじゃなくて、なぜ人が嫌いなのかってこと」
日和はそう
彼の手が、そっと日和の髪に触れてくる。長い細い指だった。
「好かぬものは好かぬ」
と切り捨てるように答えたが、言い方が
「まあ、なんだ、俺たちとはあまり関わらないことだ」
バトウはそう言い、これでこの話題はおしまいというように日和の髪に触れていた手を引いた。
「寒くなった。下に戻れ」
確かに太陽は山の
「また来て良いですか」
日和はバトウの言葉に頷きながら、そう言った。
「勝手にしろ」
「……じゃあまた、来ますね」
うむと今度はバトウが頷いた。
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