第3話 日和とバトウ
中学の卒業式を目の前に控えた時期に、
そういったわけで日和は、十年も経たない内に四人の肉親を亡くしたことになってしまった。
この日は祖母の死が特に
気分転換にと山道に分け入ったのだが、その途中の分岐を左に進めば景色のよい高台に行けるのだが、いつの間にか、あの
(なんで、ここに来てしまったのだろう)
観音堂の
観音堂の周囲は、
「久しぶりだね」
対であるはずが、片方が無くなってしまった
今まで何処に居たんだろう、どうやって音もなく背後に立てたのかと思う前に違う言葉が出てしまった。
「……叔父さん」
そう自分自身に問いかけるよう日和は答えた。
「いや、違うな」
そう否定したが、目の前に立っている人物は叔父の浩二郎そのものだ。歳の頃は三十前、穏やかで芯の強そうな
「……私、日和です」
叔父である浩二郎が行方不明となったのは四年前で、その頃の自分と今の自分の見分けがつかないのかと思って、そう言ったのだ。
「だから、違うといっている」
浩二郎そっくりの人物は、少しぶっきらぼうな口調で、改めて叔父である事を否定した。
「……」
日和は混乱に加え、恐怖を覚え始めた。この人物が叔父そっくりであることに、何か
「忘れたか、俺のことを」
そう訊いてきたが、日和は返答する言葉が見つからなかった。
叔父そっくりの者は、「ふむ」と鼻を鳴らした。
「……これならどうだ」
そう言った。一瞬のうちに叔父の身長が縮み、百六十二センチの日和よりも小さくなり続け、
「覚えているだろう……」
声変わりのしていない少年の声である。
「ん……、分かったようだね」
少年がニヤリと笑い、再び叔父の姿に戻っていく。
「……」
「少し、驚かせてしまったかな」
「……誰なの」
やっと出てきた言葉がこれであった。
「ん、俺か。……バトウと言う」
そう答えた。
観音堂の縁にいつの間にか並んで二人は「
日和はこんな状況からすぐにでも逃げ出したかったのだが、一つだけどうしても聞き出したいことがあった。バトウと名乗る男が叔父である浩二郎と
ただ、こうして隣で彼女と同じように
「……私の叔父に似ているんですけど、どうしてですか」
どうしても聞きたかった点を思い切って日和は
「あれは君の叔父か、てっきり親子だと思っていた」
「叔父を知ってるんですか」
「知っている」とバトウは頷いた。「小さな君とここを掃除しにきてくれていただろう」
バトウは叔父の浩二郎に連れられて日和が観音堂の清掃活動に来ていたことを知っているようだった。清掃活動は地区から毎年数人が当番で行っていた事だが、寄合を
「ああ……、あれ」
叔父の顔を
「そう……あれだよ」
バトウは、なかなか
「……じゃあ、こっそりと
「おお、
遠慮ないバトウの視線が日和に注がれる。人の目の
「それって、今は可愛くないという意味……」
ほんの少し、からかった返しがしたくなり、そう訊ねたのだ。
「いやいやいやいや、今でも
指の長い
「叔父の姿をしているのは……どうして」
「ふん、君が怖がらぬようにだ、この姿ならそうはならないだろ」
と、バトウが「どうだ」というような顔をする。叔父の浩二郎そっくりの
「でも、叔父さんは今でも行方が分からないんですけど」
日和がそう指摘すると、バトウは困ったというような顔をした。突然、日和に叔父を行方不明にしたのがこのバトウなのではないかという思いが浮かんだ。改めて恐怖と警戒心が湧き上がってくる。
「いやいや、ちょいと待て。俺は君の叔父をどうこうしてはいない」
そう日和の思いを読んだようにバトウが言った。そして続けた。
「まあ、よく考えてみてよ、俺が叔父さんを殺したか、どうかしたのならだよ、このような姿は取らないと思わないか」
「……」
黙ったまま、不承不承に日和は頷いてみせた。
「なっ……、そうだろ」
「う~ん……」
なんだろ、このバトウという化け物なのか妖怪なのか分からぬ存在は、当然と言っては当然だろうが、少し人間の感覚とはずれているように日和は感じた。彼女にとって叔父は浩二郎でしかなく、バトウではない。けれども、半面で浩二郎そっくりな容姿をしたバトウに親しみの情を覚えてもいる。心がホッと溶けるような感覚、それは自分を可愛がってくれた浩二郎に感じていたものだ。
「この姿は
「いいえ、違います、でも何だか複雑……」
「君は叔父さんが好きだったのだな」
アッと日和は衝撃を受けた。
(そうか、そうだったんだ。私は叔父が好きだったんだ)
彼女は浩二郎が行方不明である事に対して認めていたが、周りの人間のように死んでいるのだという意見は受け入れていない。絶対どこかで生きている、そう思い続けてきた。叔父が亡き人になっているなど考えたくもない。
「ええ、そうです」
初めて理解した。叔父の事を考えると胸が詰まること、他の異性にあまり興味を
「好きな人と似た者と話すのは嬉しくは無いのかな」
と、そう言い、バトウは日和に笑って見せた。
(やっぱり少し常識がずれてる…)
日和はそう思った。
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