第2話

 気付いたら教室には俺と紺野の二人になっていた。これ幸いと、腕の中のハムスターを下ろしてやると、意外にも彼は逃げたりせず、椅子を引き、不服そうな顔でどっかと座って「で?」と問い掛けて来た。


「俺と何をそんなに話したいわけ?」


 つん、と口を尖らせて、何やら真っ赤な顔をして。


「いや、だから写真。あれ撮ったの紺野だろって」

「だったら? 先生にチクんの? 活動自粛中にカメラ持って来たって」

「そんなことしないって」

「じゃあ何で指摘したんだよ。あっ、わかった! それで脅す気だろ!」


 ガタッと勢いよく立ち上がり、こちらを指差す。動きがいちいち大きくて、つい笑ってしまいそうになる。


「落ち着けって。そんなことしないってば」


 どうどう、となだめるように着席を促す。


「いや、お礼が言いたかったんだ。別に裸撮られたからってどうってことないけどさ。でもやっぱなんか気持ち悪いじゃん。アレ、俺だったし」


 あの写真に写っていたのは、俺だった。後ろ姿だったし下を向いていたから髪型とかでも判別が難しく、誰かはわからないという話だったが、ちらりと見えたパンツの柄でわかった。あれは俺だ。


「……村井だったの? それは知らなかっ――」


 と、口を滑らせ、慌てて口を押える。その一連の動きもまたコントを見ているようで面白い。


「ありがとうな」

「別に。村井のためとかじゃないし」

「じゃあ、何で」

「許せないだろ、あんなの。本人の許可もなく撮るなんて。そりゃ、自然体を撮りたい時もあるし、撮ったこともあるけど、俺なら事前に相手に断るし、撮ったやつも見せる。ちゃんと確認してもらう」


 あんな卑怯なやつにカメラを触ってほしくない。


 そう言って、小さな拳を机に打ち付ける。

 いつもわちゃわちゃ騒がしい小動物は、その小さな身体にいつだって溢れんばかりのエネルギーをみなぎらせているのだ。


「あの写真はたぶん手違いで流出したんだ。ああいう手合いは自分がこそこそ楽しむためだけに撮ってるはずだから、それで相手を脅して、なんてことは考えてないと思った。脅す気なら、本人に直接送りつけるはずだし。だから、今度はバレないように気を付けて再開すると思って。それで、カメラを仕掛けたんだ」

「すごい行動力だな」

「でも安心してよ。タイマーは部活の時間外にしてるから。部員の姿は写ってない。カメラの回収は部活の終わった後だろうと思って」


 気になるなら撮ったデータ全部見て良いし、消しても良いよ。


 そう言って、鞄からカメラを取り出す。

 ずい、と差し出してきたのを押し返した。


「いや、それは良い」

「……あっそ。ていうか、何で俺だってわかったの?」


 再びカメラを鞄にしまって、やはりちょっと唇を尖らせたまま、紺野は言った。


「見たんだ」

「見た?」

「部室に忘れ物してさ。家帰ってから気付いて、取りに行ったんだよ。そしたら、部室から出て来る紺野を見かけて」

「だとしたら俺がその盗撮魔とは思わなかったの?」


 普通そっち疑わない? もう写真部俺らが犯人ってことになってたじゃん、と頬を膨らせる。ますますハムスターっぽい。これ、突いて良いやつだろうか。いや、駄目か。


「それはまーったく思わなかった」

「何でだよ。疑えよ。馬鹿なの? 頭良いくせに」

「何でだろうな。紺野はそういうやつじゃないと思って」


 実際違ったろ、と言うと、ぽひゅ、と頬の空気を抜いて、そうだけど、と顔を背ける。


「っつーわけで、マジでありがとうな」


 机に両手をついて、頭を下げる。これはもうパフォーマンスだが、ぐりぐりと額もこすり付けてやった。


「顔上げてよ。どういたしまして」


 肩を叩かれて顔を上げると、そこにあったのは、警戒心剥き出しのハムスターではなく、いつも何かと騒がしいクラスのいじられ役だった。



 そろそろお互い部活に行かないと、と立ち上がり、鞄を背負いながら問い掛ける。


「なぁ、紺野は人は撮らねぇの?」

「人? 撮るよ。俺は、撮りたいものは何でも撮る。人でも風景でも食べ物でも」

「俺の写真も撮ってくれよ」

「村井の?」

「そ。練習中とかさ、校内の練習試合とか」

「撮りたいって思ったらね」

「おう、そん時は。イチイチ許可取らなくて良いから」

「わかった」


 そんじゃ、と先に出ようとするその背中に、あとさ、と声をかける。何? と振り向いた紺野の、そのきょとんとした丸い目が可愛らしい。


「那由多って呼んで良い?」

「別に良いけど」

「そんじゃ俺のことも下の――」

そんちゃんって呼ぶ、俺」

「えっ、南雲なぐもの方じゃないのか?」

「村ちゃん呼びの方が可愛いから。南雲はヤダ。なんか響きが強そうでむかつく。弱い感じで呼びたい」

「弱い感じ……? まぁ、那由多が良いなら良いけど」


 よくわからん感性だが、そういう考え方もあるんだろう。うんうん、と一人納得していると、俺行くね、と言って、紺野――那由多は、教室から出て行った。こちらが、おう、と返す間もなく。


 が、再び、ひょこ、と顔だけを出して、


「ばいばい、村ちゃん」


 と大きく手を振って来た。


 それが最初に声をかけた時とは別人のように、気を許した顔で、いま思えば、それにやられたんだと思う。


 いつも明るくて元気で、わちゃわちゃと騒がしいけど、実はちょっと口が悪くて、こと写真に関しては誰よりも真摯に、真剣に向き合っているそのクラスメイトのことが、、気になるようになってしまったのである。

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そんなこんなで!①~あの二人の始まりの話~ 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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