そんなこんなで!①~あの二人の始まりの話~

宇部 松清

第1話

 1年生の、確か5月だったと思う。ある運動部の部室の写真が出回ったことがある。それが、部員が仲良く駄弁っているところなら問題はなかった。部員募集のチラシに使われるような、『先輩後輩関係なく楽しくやってます!』みたいな、それこそ『アットホームな職場です!』みたいな感じの、その手のやつってことで、笑い話で済む話だった。


 でもそれは、そういうやつではなかった。


 着替えを盗撮したものだったのだ。


 とはいえ、ウチの学校は男子校だ。着替えっつっても、野郎の裸だ。さすがにパンツまで脱ぐやつはいないから(いやぶっちゃけパンツだって汗まみれなんだから着替えたい気持ちはあるけれども)、せいぜい上半身のみではあるのだが、それでも気分の良いものではない。


 当然、犯人探しが始まった。

 こういう時に真っ先に疑われるのは写真部だ。彼らのカメラは、野球部のグローブ、サッカー部のスパイクと同じで、私物を持ち込んでいる。それに、一瞬を切り取るのが活動内容であるため、いついかなる時でもそれを収められるよう、常にカメラを携帯している。ただ、上記のように悪用されることも考えられるため、校内に持ち込むカメラは必ず毎日、顧問のチェックが入る。内容としては、その日撮影したもの、メモリーカードの枚数など、かなり細かい。


 疑われたことに対して、もちろん写真部は抗議した。

 自分達は厳しいチェックの元カメラを持ち込んでいるし、活動が脅かされるような、こんな馬鹿な真似はしない。第一、カメラじゃなくても、スマホでだって撮影は可能ではないか。だったら、疑われるべきは学内の人間すべてではないのか、と。


 けれども、それは確かに、とはならなかった。現にカメラを持ち込めるのは写真部だけなのだ。戒めとでも言わんばかりに彼らの活動はしばらくの間自粛となった。犯人は見つかっていないというのに、ただそれだけで事件は解決とばかりにうやむやとなったのである。



 が、それから数日後、事件は驚きの展開を見せた。


 ある日の朝、職員室の前の掲示板に、でかでかと『号外』と書かれた校内新聞が、どどんと貼り出されたのである。

 

 そこに――、件の運動部の部室で、ロッカーの上に置いてあるダンボールの中からカメラを取り出している臨時講師の姿が写っていた。


 その新聞を最初に発見したのは朝練帰りの生徒だった。ご丁寧に、掲示しているものだけではなく、そばに設置された机の上には配布用の束もあった。彼はそれをクラスに持ち帰ったのである。


 当然とんでもない騒ぎになった。

 廊下が騒がしいことに気が付いた教職員が慌てて新聞を剥がし、回収したが、すべてというわけにはいかなかった。ちゃっかり家にも持ち帰って保護者に渡したものがいたのである。その保護者がPTA会長に連絡をして――ということで臨時の保護者説明会が開かれ、例の臨時講師は解雇となった。


 とまぁ、そんな経緯で盗撮事件は解決したわけだが。



「あの写真撮ったの、紺野こんのだろ」


 活動が再開された写真部に向かうのだろう、大きな鞄を背負うその生徒の後ろ姿にこっそりと声をかけた。びくりと全身を震わせて、警戒するようにこちらを向く。帰宅するもの、部活に向かうものでざわつく教室で、俺の声は彼だけに正しく届いたようだった。


「何を根拠に言ってんの」


 同じクラスの紺野那由多なゆたとはそう大して仲が良いわけではなかった。中学も違うし、正直あまり接点もない。まだ成長途中の小さな身体は常にエネルギーが有り余っているようで、ちょこちょこ動いて、わちゃわちゃと騒がしい。それがハムスターのように見えて、可愛らしいなとは思っていたが。


 急に声をかけられたので驚いたのか、それとも、ズバリ言い当てられてヤバいと思ったのか、いつもの人懐こい笑みはそこになく、どこか怯えたような目をしている。村井、部活行かねぇの、と遠くからかけられた声に「先行ってて」と返し、その隙にと歩き始めた紺野の肩を掴む。


「何だよ、離せよ」

「なぁ、お前なんだろ」

「だったら何だって言うんだよ。村井には関係ないだろ」

「あるよ。だってあれ、サッカー部ウチの部室だったし」


 わたわたと逃げようとするので、逃げられないようにと後ろから抱き着くようにして阻止する。鞄があろうが関係ない。うっわ、こいつ、マジっさ! 俺がデカいのか? いや、それを差し引いても!


「おわぁ! 何すんだ!」

「俺、紺野とあんまし話したことないから」

「話したことないからって、これはおかしいだろ。離せよぉ! 下ろせよぉ!」


 ぐい、と持ち上げると、漫画のように足をばたつかせるのが面白い。


「村井、紺野いじめんなよ」


 なんてクラスメイトの声が聞こえ、「いじめてねぇもん」と返す。実際いじめてるつもりも、これからいじめるつもりもない。


「いや、ごめんて。マジでさ。ちょっと話したいだけ」

「ちょっと? ほんと?」

「ほんとほんと」

「そんじゃ下ろして」

「逃げない?」

「逃げ……ないようにする」

「努力目標なら駄目だな」

「何でだよぉ!」

「紺野こそ、何で逃げようとするんだよ」

「だって村井は何かデカいし怖い!」

「そんな! すくすく成長した結果だぞ?!」

「俺はどんなに努力してもすくすく成長しない!」

「これからじゃね? それでも駄目なら遺伝とか」

「わかってるよ! どうせ俺の父さんも母さんも小さいよ!」

「まぁ、それは置いといて」

「置いとくなぁ、馬鹿ぁ!」


 うん。何だろうな。こいつ、ほんとハムスターか何かみたいだな。それも、ちょっと凶暴なやつ。だけど、人間の側からしたら、ただただ可愛いだけなんだよな。それはたぶん体格差であったり、力の差があったりして、こっちが完全に優位に立っているからだと思うけど。さすがに俺だって紺野がこのキャラで2m超えの巨漢だったら可愛いとは思えんし。


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