第32話 ビリビリビート

 激動の春から一年が過ぎた。

 災害範囲はすでに関東圏まで到達し、今年中に首都が陥落する見込みだ。

 与党は今だ独裁政権をとっているが、お人好しの浦見壮吾が暴走することはなく、どうにか均衡を保てている状態にある。


 北海道への遷都、および人工島埋め立て計画のほうも順調だ。

 数千万人規模の国民が北陸へ避難し、つまるところその全員が失業したために、働き手は豊富にある。災害の性質上、シルバ世代すらマンパワとして数えられるのも大きい。


 多量に必要となる資材は災害区域の木々を活用すればいい。建材になるし、豊富な燃料でもある。木材だけでなく野菜、根菜、果物類をはじめとした植物も無尽蔵に採取できた。なにせ伐採してもすぐさま復元するのだから問題ない。

 倫理的観点から現行の法では認められていないものの。生きた畜産動物の肉を切除し、再生を待つことで一匹から多量の食物も用意できると考えられている。


 日本は日々災害に適応していた。

 だがこれはあくまでも災害東部の話だ。


 神戸を県庁所在地とする兵庫は、地理的に大きな特徴をもつ。

 地図を見れば一目瞭然だが、陸路で西日本から東日本へ渡る場合、必ず本県を通ることになる。

 そして災害の中心は兵庫である。


 すなわち災害を横断せねばならず、もはやジャングルと化した区域を踏破できる人間は少ない。

 なので海路、空路の需要が急速に高まると共に。事実上分断された西日本は、政府の思惑から外れた発展をみせた。


 人工島や新都の建造を推し進める、対処療法型の東日本とは異なり。

 災害区域をもとより人間の住める環境に整備する派閥が、西日本で生まれたのだ。


 大樹の幹には小屋を建て、木々の間に橋を架ける。

 根にテントを張り、鉄筋コンクリートの建造物を補強、高架下では闇市が。移動は急造のロープウェイで行うため、ジャングルに鉄線が蜘蛛の巣のように張り巡らされた。


 災害突然変異体を含めた、高タンパクな野生動物を狩ることで心身の健康を維持し。一方で電子、水質、医療機器を秩序する。

 食物の確保が容易くなったことで、生きるために必要だった貨幣は価値を失い。市場では無料提供、または物々交換が主流になった。

 ポストアポカリプスな世界観の理想体系が描かれたのだ。


 災害適応地区、『ジパング』の発足である。


 ジパングは政府と独立した運営をとる。

 災害発生直後、心不全に陥った行政よりも、圧倒的に迅速に災害への適応を示し。かつ多くの被災者を救ったジパングは、西日本にて絶大な信頼を勝ち得たのだ。


 近い将来、分断された西日本をまとめることが期待されている。

 いわば新国家の建国である。


 件を主導したのは、なんと一人の少女だった。

 神戸で名高い神籬ダイを配下に置く彼女は、『クネヒト』と呼ばれ。噂では燃えるような赤毛をもつらしい。

 赤の女王は災害すら手なずけて、列島に君臨した。


 文化を維持する東日本、文明を開化させたジパング。双方の方針は世界の今後を決定づける、上質なモデルケースとなるだろう。


 もっとディープな話をする。

 米軍は八百比丘尼簒奪を目論み、中隊を日本へ派遣したのだろうが、八尾の勢力におされコレに失敗。以上を受け、八尾乙女官房長官は日米安全保障条約ならびすべての国際条約を破棄し、ついに完全なる鎖国状態を実現した。

 

 無論他国は侵犯したが、自衛隊および、屈強な八尾軍が阻止。意外にも日本の国防力は強かった。

 敗戦後、日本は戦争行為を永久に放棄し、自衛のみを自らにゆるした。

 ただ一振りの武器を研ぎ澄ましたわけだ。ならばどうして易々と侵略されようか。悲惨な歴史的背景が、ここにきて功をそうした形だ。


 災害地区の過酷な環境が、自然の要塞として機能したのも僥倖だった。あの森に枯れ葉剤は効かない。仮想敵国はなので畏れた。異邦人がジャングルに入ると、裸の老人に殺されるという奇妙な風説すら産まれるほどに。

 当然の話だが、数十年後には自らの国も被災地になるという事実こそ、より大きな抑止力となっていた。日本にかまけている余裕はもとよりないのだ。


「そんなこんなで、いがいにも安定してんだよね、今」


 私は現在、エビスカミの後任として、自ら被災地ライブ配信を行っている。

 ヨロヨロチャンネルはライオンバトルで注目を集め、ヒモロギ襲撃で人気に火がつき、有志から頂いた神戸大戦の映像で爆発した。

 今や登録者数は数十万人をようし、徐々に収益も高まっている。


「ワタシがイマスしね」


 だがやはり、エビスカミなき今、視聴者が期待しているような血みどろバトル系は引退せざるをえず(本当は科学系……)。窮地に立たされたヨロヨロチャンネルに舞い降りた女神こそ、眼前を歩く謎のメリケン人だ。


「ワタシ、あなたの曾祖父ダイスキ。親友のタメ、お嬢さんのタメに、シャカリキガンバルよ!」

 彼とは三宮で偶然出会い、ひいじいの話で意気投合した。ひ孫であることを打ち明けてみると、ずいぶん熱心に協力してくれるのだから驚いた。以来、ずっとこんな感じだ。どうやらひいじいの旧友であるようだが、子細は知らない。名前すら不明だ。


 だが拒絶する理由はなかった。なにせ彼は、たぶんひいじいより強いから。

 危険の多い災害区域において、彼ほど頼りになる男はいないし、視聴者が期待している展開も作りやすい。なにより同じ推しの話で盛り上がれるのが良い。同担ばっちこい。


 難点なのは、頭部にうけた損傷のせいで、ひいじいとマブであるという記憶以外、すべて消失してしまっていること。

 彼がいったいどんな人物だったのか、調べる手立ては今のところ見つかっておらず。私との活動がその一助になればいいと思っている。

 認知症だったひいじいが記憶を取り戻した一方で、彼のような症状も見られるのだから不思議、災害は脳にどのような影響をもたらしているのだろう、研究テーマは尽きない。

 つか、記憶喪失になって、自分の名前すら忘れたくせに、なんでひいじいのことは覚えてんだよ。どんな関係性だったんだよ。ひいじいあいつ、男もイケるタイプだっけ? そりゃあ私じゃ勝てんわ。


 私とメリケンさんは現在、ジパングの市場で配信を行っていた。人だかりができており喧噪がうるさい。だが心地の良い活気さが熱かった。

 大型化した昆虫や、非合法の再生肉が並べられているかと思えば、修理された工具に始まる電化製品もたくさん。

 裏路地に行けば怪しいお姉さんが手招きしているし、安全性の高い麻薬植物などが匂い立つ。アングラな雰囲気が楽しくて、ついつい早歩き。


「あ、『アメリカ国大統領』さん、銭チャありがとうございます。また百ドル……。あんた何者ですか?」


 メリケンさんを仲間に引き込んで以来、謎の人物から毎日のように万銭が贈られてくる。


『あなたが彼と活動をし続ける限り、我が国はあなたと敵対しないことをここに約束する』みたいな怪文書である。反応に困るぜ。


 演者がいる以上、熱狂的なファンが生まれることも当然あるだろう。

 たとえばこの人みたいに──。

 

「『嫌なもん』さん、まいど銭チャありがとうございます。『今日もかわいいね』だってさー。おじいちゃんみたいなこというじゃんねー」


 嫌な者さん。正しくは『iyanamon』さんは、例の神戸大戦の映像を提供してくれた有志であり。バズって以降の私を代表する推し活さんなのです。

 コメントのいちいちが実家のおじいちゃんみたいな、謎の安心感があって。だからどうしても思い出す。頭を撫でてくれた大きな手のひらの感触と、優しいぬくもりを。


 ひいじいは私が殺した。銃で頭蓋を撃ち砕き、その死をしかと見届けた。

 いがいにも涙は零さなかった。無感動な空だけがただ晴れていた。

 あれほどの怒りも、どれほどの悲しみも。失ってみると、なんてことのない清々しさだけが残った。


 大好きだった。大好きだった。大好きだった。


 彼は最期まで笑っていた。

 赤い華がパッと咲いて。

 花火みたいな余韻を残して。

 私の初恋は。

 綺麗さっぱり流れていった。

 

 息を吸い、太陽の光を浴びる。軽やかなステップで、今を生きている。実感だけが弾んでいる。


 後にしよう。ひいじいを殺した罪も、痛みも、後悔も、咲いた後で、存分と抱きしめればいい。

 今はただ好奇に生きよう。過ちだとしても、私は産まれてきたのだから。花開くその日まで。


 ありがとうございました。ぺこり。


 ひいじいは自らの死をもって、私を解放してくれた。

 もう二度と出逢うことはない。


 嫌いだった。嫌いだった。嫌いだった。

 それ以上に、大好きでした。

 ばいばい。


「なにを呆けておる。邪魔じゃ、どけ」

「うぁ」

 耽っていると叱られた。申し訳ないことをした。つい空想世界に入ってしまうのが私の悪癖なのだ。

 すれ違う彼らはみな、ずいぶんと奇妙な格好をしていた。白装束に仮面を被った三人組。

 先頭を歩く能面は華奢で、しかし一目で集団のリーダーだとわかる。放つオーラが尋常でなかったからだ。

 真ん中の翁は図体がデカく、二メートル近い上背があった。

 殿の般若はスマホに夢中で、私のことなど歯牙にもかけていない。ヨロヨロチャンネルの配信画面だった気がしたが、さすがに気のせいだろう。


 なんだかこの人たち、見覚えしかない……。

 通り過ぎる。双方の道は、もう二度と交わらないのだろうと根拠のない確信を覚える。


「ふん、あいもかわらず、けたたましい鼓動じゃったの」

「ええ、踊るオドル心の音です」


 声音の懐かしさに、振り返りたくなる衝動に駆られたが、やめておこう。

 私は未来へ生きていく。過去はとうに撃ってやったんだ。


 それでもまぁ、最期だし。餞別に、ちょっとした蛇足でもくれてやるとしよう。


 私はひいじいを殺した。それも結構あっけなく。

 どうしてだと思う? 考えてみてよ。

 私は進み続けます。でも視聴者のみんなは、いったん立ち止まって。


 私は八百比丘尼と一時を共にした。なので、こんな会話をする暇がありました。


『神様が近くにいると、蘇生力は強く働くんだよね。なら、即死レヴェルの大けがを負っても、場合によっちゃあ助かったりするの?』

『可能性は低い。じゃが、あり得ない話ではない。底なしの生への渇望、ど根性。再生力の強弱なんて、チャンチャラふざけた精神論が、結局は決め手だったりする。実際に、ワの眷属にほぼ不死身の奴が一人おる』

 

 ひいじいは意外に臆病だから。口ではああ言っても、死ぬのなんて絶対に怖い人だもん。

 ガダルカナル島の戦い、サイパン島の戦い、ペリリュ島の戦い、硫黄島の戦い、そして沖縄。

 負け戦のすべてを最前線で戦い、それでも生を諦めなかったひいじいならば。

 案外、今もどこかで、しぶとく生きていたりしてね。


 殺す気で撃った。生き返って欲しいなって祈りながら殺した。お賽銭を投げて、手を叩いて、お辞儀するみたいに、私は気楽に撃ったんだ。


 どうせ殺しても、生き返ったりするんでしょ? そんな気持ちで。


 そして私、八尾ヨロズは。とっても、とぉぉぉっても賢い天才じゃん?


 だからね。

 私がひいじいに囚われていたのと同じように。

 ひいじいがに囚われていたことも、ちゃんと知っていたんだぜ。

 たとえば大好きな戦争を、心の底から楽しめないくらいには、病的に。


 それって、なんだかなぁ。私が邪魔な奴みたいで、無性に腹立つよね。

 ならならなら!!


『自らの死でヨロズを解放した』ひいじいと同じく。

『ヨロズの解放を偽装した』ひ孫がいたって、別にいいと思うの。 


『ヨロズはひいじいを殺した』を、私が信じていると、ひいじいに思い込ませてやる。みたいな? ややこしっ!! 


 なので仮にひいじいが生きていても、二度と姿を現すことはないだろう。


 やんまは→ヨロズの足枷。

 ヨロズは→やんまの重荷。

 断ち切ったなら、それすなわち解放です。


 どっちも自由にやれるじゃない?


 もち、寂しいけれど。

 べつにいいもん。

 私にかまってくれないひいじいなんて、こっちから願い下げだし!


 それにほら、ヨロヨロには素敵な視聴者さんがいるから平気なんだ。


「『嫌な者』さん、連続銭チャまいどです。『面白い映像あげちゃいます』だってさ。えっちいのじゃないよねー? 大丈夫そー? ならみんなで見てみようぜ」


 添付された動画の真偽は不明だが、内容はとてもスリリングで、ウィットに富んでいた。

 顔こそ隠されているものの、少女が淡々と災害発生のあらましを語るその動画は、妙なリアリティがあって、つい見入ってしまった。


 地球に生命が産まれた理由。異星の神々の思惑。漂着の神ヒルコ。災害のカラクリ。そして果ての終末戦争。


 作り話にしては出来過ぎな映像は、どうにも不気味な信憑性があって、信じてしまいそうな危うさがあって──。


「いやいや、さすがに冗談。だって、こんなのが本当だったなら──」


 本当だったなら──。


 宇宙戦争のため、災害を活用し戦力を増強しようと考える派閥と。

 災害自体を阻止するため、中心のヒルコを殺そうとする派閥で──。


「世界は二分する」


 もしそうなれば、日本に三発目の核が墜ちる。

 第三次世界大戦が始まる──。


「冗談だとしても『嫌な者』さん。こんな映像、全世界に配信するべきじゃない。私はマジで言ってんだぜ。あんた、何がしたいの──」


 思えば昨年、ひいじいとこんな会話をした気がする。


【私たちの手でテロリストを炙りだし、ヨロヨロチャンネルを媒介に、全世界へむけ配信する。晒しあげ、バズらせる】

 ねぇそれってとっても──。

【ビリビリしない?】


 私から解放され、自由になったひいじいなら言いかねない。

『戦争がしたい』と。


 終戦から八十年、西暦2027年現在、世界において実質的な大戦は、ついに行われなかった。


 弱い万は。人よりも数秒賢いヨロズは。


『災害の中心にヒルコビートがある。座標はすでに示されている』


 ──戦情に、怯えていた。 


 ピカッ。

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ビリビリビート 海の字 @Umino777

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