第5話 お姉さんは君と花火を見たがっていた
「はあ……」
時刻は夜。
暗いリビングにはお姉さんが一人で座っており、彼女の目の前ではテレビが映し出されている。
そこには花火大会の様子が映し出されており、花火が打ち上がり、火花を散らす音が響いている。
暗い部屋の中でテレビから発せられる光だけがお姉さんを時おり照らしていた。
「……どーしてうまくできないんだろう……見栄張って嘘ついちゃうし、そのせいで失敗するし……」
「今日は……やっぱり、来なかったし……」
「……退屈だったんだろうなあ、昨日……」
「はあ……」
SE:玄関チャイムの音
「……こんな時間に誰だろ」
SE:立ち上がり、重い足取りでフローリングの上を進んで行く音
SE:リビングから出る
SE:インターホンを操作する音
「……ええ!? こんな時間に!? ちょ、ちょっと待って、今開けるから!」
SE:ドタバタした足音
SE:玄関ドアを開ける音
「どうしたの!? 子供は寝る時間だよ!?」
「……さすがに早い? そっかぁ。あはは……」
「それで、ええと、こんな時間にどうしたのかな? それと、手に持ってるのって、スイカ?」
「……あ(感極まったような声)」
「……いっしょに花火大会見ようって? スイカ食べながら?」
「どうして急に……こんな時間に子供が外出したらダメだと思う……」
「……え?」
「『おばけがこわいかと思って』?」
沈黙。
「……あはははは」
「そっかあ」
「夜にお姉さんがこわがらないように、来てくれたんだあ」
「……そっかあ」
「君さ」
「立派に『男の子』だったんだね」
「……外は暑いでしょ。入りなよ」
「……あ、それとも花火大会とか、行く感じ、なのかな?」
SE:リビングのテレビから発せられる、花火の音
「……そっか。うちでいいか」
「うちでも花火は見えるもんね。……映像の花火だけど」
SE:玄関ドアを閉じる音
SE:ゆったりした足取りでフローリングを踏むスリッパの足音
SE:リビングに入る音
SE:一段大きくなり盛り上がる花火の音
「あ、スイカ重いでしょ。持てばよかったね……」
「こういう気遣いができないからなあ、私は……」
「うん?」
「『口調が変わってる』?」
沈黙。
「…………少年! 夜分遅くによく来たね! そんなにお姉さんに会いたかった……」
「ねぇ! 自分でやらせておいてさあ、笑うの……」
言葉の終わりはたまらずといった様子で笑い声になる。
しばらく肩を揺らして抑えようとしながら笑う声が続く。
「ほんとに君はさあ……」
「……あのね、私、お父さんとお母さんに見栄を張って、『この夏休みは友達と旅行に行く』って言っちゃったんだ」
「だってね、『夏休み、また一人きりか?』なんて聞くから……」
「まあ、そんな約束はなかったから、こうやってけっきょく、おばあちゃんちにも行かないで、一人きりだったんだけど……」
「別にね、一人きりでもいいんだよ。慣れてるから」
「でも……」
「今年の夏は、君のおかげで、一人でいるより楽しかったな」
「だから……ありがとう」
「プリン食べるの手伝ってくれたし」
「眠ってたボードゲームもいっしょにやってくれたし」
「ホラー映画もいっしょに見てくれたし……」
「ゲームはまあ、寝ちゃったけど」
「こうやってスイカも持ってきてくれたし」
「だからね、私、君のこと……」
「『弟がいたらこんな感じかな』って、思うんだ」
「……なぁにぃ? その顔ぉ?」
「『恋人』とか言われると思った? 五年早いでーす」
楽しげな笑い声。
「……でも」
「また来年もいっしょに過ごして……」
「その次の夏も、また次の夏もいっしょだったら……」
「…………やっぱり、なし、なし! ちょっとねえ、歳の差がねぇ。小学生相手に何言ってるんだろ……」
「忘れて、ね?」
SE:テレビの中の花火の音
「……あーもう、変なこと話してたら花火終わっちゃうじゃん」
「あ、私が変なこと話したせいだよね……ごめん」
「花火はもうないけど、スイカだけ食べて帰る?」
「……次は現地まで見に行ってみるのも、いいかもね。でも、まあ……」
「人混み苦手だし」
「もう少し、君の背が伸びたらにしよっか」
SE:スリッパでフローリングを小走りに駆ける音
SE:包丁などを準備する音
SE:スイカを切る音
スイカを切る音に混じってお姉さんの鼻歌が聞こえる。
SE:テレビの中の花火の音
鼻歌と花火大会の締めの花火(いくつかの花火が連続して上がる音)をバックにフェードアウトしていく。
小学生の夏にタイムリープしたので、あの日無視していた『やたらと声をかけてくる近所のお姉さん』に自分から絡みに行ってみた【ASMR】 稲荷竜 @Ryu_Inari
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