第4話 お姉さんは徹夜しているのに眠くないと言い張っている
「少年!」
「いやあ、昨日は『また明日ね』を言いそびれたから、来ないかと思っていたよ」
「いや本当はわかっていたよ? わかっていたけどね? 来るだろうなあってわかっていたとも」
「何せ君は夏休みだというのに同級生と遊んだりすることもなく、ずっと私とばかりいる子だからね。おおかた、親に『夏休みは友達と旅行に行くんだ』なんて見栄を張って、一人でお留守番しているんだろう?」
「お互い、しばらく家に親が帰らない者同士というわけ……」
「え、普通にご両親はご在宅なの?」
「あ、うん。そうだよね……小学生だものね……そりゃあ一人にしないか……」
「あの、大丈夫? ご両親から何かしら遊びに行ってる先について問い詰められたりしてない? 公序良俗に反する行いだと思われたりはしてない?」
「大丈夫? 信じるよ? 信じるからね?」
「……えー」
「はい」
「……少年、今日はレースゲームをしよう!」
「おやぁ? なにかなあ、その顔は?」
「もしかして、すごろくで私に完勝したことで、私がゲームの弱いお姉さんだと思ってないかい?」
「だとしたらそれは、大変な勘違いだよ」
「すごろくはね、運なんだ。どれだけ知略を練っても、ルーレットでいい数字を出せないとどうしようもない」
「でもね、レースゲームには運の要素が少ないし……」
「私は昨晩、眠れなかったから、徹夜でずっと練習をしていた……」
「いやその、お化けが出そうで……」
「家に一人きりだし……」
「と、とにかく、負けないよ。小学生男子が相手でもね」
「……小学生の男の子って、やたらとゲーム強いんじゃないの?」
「インターネットに書いてあったけど」
「人による? あ、そっかぁ。そうだよね」
「じゃあ、ますますお姉さんの勝率が上がったところで……」
「さっそく始めよう。さあ、決戦のバトルフィールド……リビングへ!」
SE:スリッパでフローリングを踏む、よたよたした足音
SE:バランスを崩してよろける音
「おっとっと」
「……ああ、大丈夫。ごめんね。支えてもらって」
「昨夜は眠れなかったから、なんか、君の顔を見たら眠気が……」
「でも大丈夫だよ。オトナはね、子供と違って、眠気に耐えられるんだ」
「それに、勝負が始まれば眠気なんか吹き飛ぶよ」
「そんなことより、早く始めよう」
SE:リビングに入る音
「じゃあ、座って座って。今日はね、紅茶を水出ししてみたんだよ。八時間もかかるんだよ。まあ冷蔵庫に入れて放っておくだけなんだけど……」
「紅茶とおせんべいを出すからね」
SE:パタパタとお茶とお菓子を用意する音(断続的に停止する)
「んあっ?」
「……あ、ああ。大丈夫、大丈夫。眠くはないよ」
SE:テーブルの上にお茶とお菓子を置く音
「じゃあ始めようか」
SE:ゲームの起動音
SE:キャラ選択などの効果音が小さめに流れる
「お、テクニカルなキャラを選ぶね。でも、出力こそパワーなんだよ」
「さあ、お姉さんの操るこいつに勝てるかな?」
SE:レースゲームがスタートする音
SE:走行音など
SE:クラッシュ音
「……ハッ」
「い、いや、大丈夫。寝てない。寝てないよ」
「ちょっとした、これは、ええと……ハンデっていうか……」
「……(寝息)」
「え? い、いや、起きてる。起きてるから、気にせず君は先に進むといいよ。私はまだハンデ中だからね」
「(寝息)」
SE:レースゲームの走行音が、だんだん遠ざかり、にじんでいく。
「(寝息がしばらく続く)」
SE:テーブルに額を打ちつける音
「(寝息)」
SE:コントローラーなどを置く音
SE:ゲームを停止する音
SE:ソファから立ち上がる音
「(寝言)おばけ……こわい……」
わずかな沈黙(寝息は続いている)。
SE:ソファに座る音
寝息がフェードアウトしていく。
SE:時間経過を示す鐘の音
「…………ふにゃっ!?」
「あ、あれ、私……」
「もしかして、寝てた?」
「……やっぱり寝てたんだ……」
「その、ごめんね。せっかく来てくれたのに……」
「……あの……」
「えっと……」
どことなく卑屈っぽい声で、
「ご、ごめんね?」
「だからその、明日も……あの……」
「……えっと、なんでも、ない」
「も、もうこんな時間だからね。早く帰らないとご両親が心配するよ?」
「じゃあ……」
「さ、さよならっ」
SE:バタバタとした足音
SE:リビングの扉が開き、閉じる
少々の沈黙。
SE:玄関に向かう子供の足音
SE:靴を吐き、ドアを開け、家を出て、閉める
「……はあ。絶対に怒らせちゃったよ……」
「たぶん明日はもう、来てくれないよね……」
「はあ」
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