第3話 お姉さんは耐性ゼロなのにホラー映画を見ようとしている

「やあ少年。今日も来てくれたね」


「今日は……あ、そうだった。立ち話は手短にしてまずはリビングに行こうか」


「私もおもてなしに慣れてきているだろう? こんなに早くリビングに案内することを思い出せるようになっているだなんてさ」


「学習能力は高いんだよ。さあ、おいで」


SE:フローリングの床をスリッパで小走りする音

SE:リビングのドアの開閉


「今日は君に『オトナの映画』を見せてあげようと思ってね」


「そう……」


「ホラー映画をね!」


「ふふ、やっぱり子供にはちょっと怖いかな?」


「大丈夫。お姉さんが横で手を握っていてあげるからね」


「だから君も映画を見る時には、ソファの上から動かず、お姉さんの手をしっかり握り、たまにお姉さんが目を閉じてしまった時には、怖いシーンが終わったかどうかをお姉さんに報告するんだよ」


「え?」


「い、いや、お姉さんは別に怖くないよ? 怖くないが? オトナですよ?」


「ただ小学生の君が怖いんじゃないかなって思ってね、それでね……」


「あ、飲み物の用意をしようか! 炭酸飲料大丈夫? じゃあソファに座って待っててね」


「映画のタイトル? それはねぇ、ふふふ……」


「ひ・み・つ」


「いやいや。断じて怖すぎてタイトルさえ直視できなかったとかそういうことじゃないんだよ。なんていうの? 秘密にした方がね、サプライズ感? っていうのかな? そういうアレが、ええと、その、あの……」


「座って待っててね!」


SE:バタバタした足音

SE:ローテーブルの上に飲み物の入ったコップを置く音


「よし、じゃあ……見ますか……」


「うん?」


「なんでホラーなんか見ようって言い出したか?」


「いや、あのね、その、すでに見たんだよ?」


「すでに見たんだ。すでに見たの。すでに見たって……クラスメイトに言っちゃったから……」


「な、内容の再確認、的な?」


「ほら、内容を知らないとね、『すでに見た』っていう嘘がバレ……じゃなくて、話題になった時にさ、記憶違いがあるといけないじゃない? だからあの……」


「……よし。少年、見よう、映画!」


SE:映画のアバン


「うわ、始まった……た、タイトル『人喰いの館』だって……あはは……」


「館に……人が……食べられちゃうんだね……」


「……怖くない? 怖いよね? 怖いでしょ?」


「お姉さんが手をつないであげるよ。ね?」


 お姉さんが『ぼく』にぎゅっと身を寄せる。

 まだ本編のオープニングも流れていないが、すでに怖がっている様子。


SE:ホラー映画冒頭を思わせるラップ音やBGMなど


「…………(『ぼく』の耳元で浅く早い吐息)」


SE:身を寄せすぎて衣擦れの音、しがみつく音


「……ひっ」


「……っ」


「ねぇアレ……アレ絶対襲ってくるよ……」


「来る、来る、来る、来る……」


「あっ、来た、来たよ、来っ……っ」


「はひっ、はっ、はっ、はっ」


「ああああああ……ダメ、ダメ、後ろ、後ろ、逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて……!」


「あ」


「え? あれ、どうなって、さっきの人は? ねえ、さっきの人はどうなったの?」


「…………!(息を呑む声)」


「あっ、それはっ、それ、ダメっ……」


「お願い、気付いて、気付いて……!」


「っひ」


「…………(浅く早い呼吸)」


「あ」


「(小声)もうやだぁ……助けてぇ……」


「……あ、やっと脱出?」


「はあ、よかった……スタッフロール始まったね。これでおしま……」


 ホラー映画最後のおどろかし(脱出できたと思ったところで後ろから肩を叩かれ、振り返ったらお化けの顔がアップになった絵など)。


「いっ?」


 沈黙。


SE:錆びた蝶番を軋ませながら西洋建築の門が閉まる音


「…………はっ」


「き、気絶してません。気絶なんかしてませんが?」


「い、いやあ、終わったねぇ。よかった……本当によかった……終わって……」


「……んあっ!? ご、ごめん、すっごい抱きついちゃったね!?」


「……えーっと」


「こ、怖くなかったかな? お姉さんが守ってあげたから、大丈夫だったかな?」


「いやあ、オトナになるとね、こういうのも平気で見れるようになるわけですよ」


「でも小学生にはまだ早かったかなあ?」


「怖かったでしょ? 付き合わせちゃってごめんね」


「大丈夫? おトイレ行きたくならない?」


「なったでしょ?」


「なったよね?」


「それじゃあ、いっしょに行こうか?」


「付き合わせたお詫びに、ついて行ってあげるよ」


「……え? 平気?」


「い、いやあ、でもほら、映画終わったし? 飲み物だって飲んだし……」


「行っておいた方がいいって、絶対!」


「まあ、今行きたくない感じでも、ね? 早めに、ね?」


「だからその……」


「とりあえず、いっしょにトイレまで、行こうか?」


「いちおうね。いちおう」


「いちおうだから、その……」


「いっしょに、どう?」


「……ありがとう」

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