第2話 お姉さんはボードゲームをたった二人でやろうとしている

「やあ、今日も来たね、少年」


「今日はね、家の倉庫を漁っていたら……」


「あ、ごめんなさい。また玄関で立たせたまま話を始めてしまった……暑いよね。リビングに……いや、今日は私の部屋においで」


「ん? ……ははあん、なるほど、照れてるんだぁ?」


「君はちょっと大人びたところがあるけど、そういうところは年相応だね」


「わかるよ。小学生男子とか、女子と遊んでると、クラスメイトにからかわれるものね」


「でも大丈夫」


「お姉さん、家に一人だし、誰かがたずねてくる予定もないからね!」


「だから君がお姉さんの部屋で遊んでても、誰にもバレることはないよ。だから安心して……」


「ん? そういう話じゃない?」


「……あははは。ふふぅん? なるほどねぇ? 君、年上のお姉さんにドキドキしちゃってるんだぁ?」


「お年頃だなあ」


「まあそんなことより、早く部屋に行こうよ。今日は本当に、とっておきのものを用意してるんだ」


SE:手を引いてフローリングをスリッパで歩く音

SE:階段をのぼる音

SE:部屋の扉を開け、閉める音


「じゃーん、リアルボードゲーム!」


「どうだい? リアルのすごろく見たことある?」


「このすごろくはねぇ、お姉さんがまだ子供のころに買ってもらったんだけど……」


「お姉さん、一人っ子でね」


「友達を家に呼ぶこともなくてね」


「でさ、リアルのボードゲームって、オンラインだとできないじゃない?」


「いや、うん、一人でね、しばらくは一人でやったし……その……友達も来るって……家に友達を呼ぶってね、そういう夢をね、当時は無垢に信じてて、それで……」


「え? もういい? いっしょに遊ぼう?」


「なんだい少年、やっぱりこういうゲーム好きか? 今日はやけに前のめりじゃないか」


「いいよ。お姉さんが遊んであげよう」


「コマは青い車でいいかな? あ、先に飲み物とお菓子を用意しようか。ルールブックを読んで待ってておくれよ」


「え、いや、バケツプリンはもうないよ。それとも食べたかった? だったらまた作ろうかな……」


「いい? そう? じゃあクッキーと麦茶でも持ってくるね」


SE:お姉さんが部屋を出て行く音

SE:やけに慌てた足音


 階下から「う、わっ」という声


 少々の沈黙


SE:ゆっくりと階段をのぼりながら近付いてくる足音

SE:部屋のドアが開く音


「お待たせ! うわっ、とっとっとっ」


SE:トレイに乗せた麦茶の水差しがぐらぐら揺れる

SE:お姉さんがバランスをとる音


「ふう……なにかな、その目は? こぼさなかっただろ? ……ふぅん、そんな生意気な顔するんだぁ? じゃあー……」


SE:お姉さんが座り、トレイをカーペットの床に置く音

SE:『ぼく』とお姉さんの服がこすれる衣擦れ音


「おしおきに、君をいっぱいドキドキさせちゃおうかなあ?」


「こらこら、距離をとらない。年上のお姉さんの力をいっぱい見せちゃうんだからな〜?」


「(小声)これ、私もけっこう恥ずかしいな……!?」


「(小声)でも今さら退けないし……」


「じゃ、じゃあ、お待ちかねのボードゲームを始めていこうか?」


「ルールは把握したかな? 麦茶いる? また『あーん』してあげようか?」


「遠慮しないでいいんだぞぉ? ……あ、うん。液体はね。自分のペースで飲みたいよね。こぼすからね。おっしゃる通りです。ごめんなさい」


「じゃああのー、ゲーム、始めさせていただきます……」


「先攻後攻、どうする?」


「へぇ、じゃんけん? いいのかな? お姉さん、じゃんけん強いよ。『負けないじゃんけん』だよ」


「ものすごく『あいこ』を出すよ」


「それじゃあ、行くぞ? ふぅー……(精神集中の吐息)」


「じゃーんけーん、ぽん!」


「ぽん!」


「ぽん!」


「ぽん! ……ええ? うそぉ? 私が負けた?」


「じゃあ好きな順番で始めていいよ。君は子供だからね。ゆずってあげるよ」


「先行がいい? わかった。じゃあ、コマをスタート地点に置いて、と。スタート」


SE:ルーレットが回る音を何度か


「おかしいな、私がルーレットを回すと3以下しか出ないんだが?」


「なんらかのイカサマが行われていない?」


「まあでもね、このすごろくはね、先に着いた方が勝者とは限らないもんね」


「人生と同じだよ。生き急いだっていいことがあるとは限らない……」


「君にはちょっと難しい話になっちゃったかな?」


「いや、負け惜しみじゃないよ? 負け惜しみじゃないってば」


「ほらほら、君の番だよ! さっさと6だの8だの出して私との差を広げればいいんだよ!」


「……そうだ! 試しに私がルーレット回すの代わってあげようか?」


「遠慮するなって。じゃあ……」


SE:氷の入ったガラスのコップがカーペットの床に倒れる音


「あっ」


「ご、ごめん! 濡れちゃった!? あ、よかった、ちょっとだけだね……」


「これぐらいなら、えっと」


「ふ、ふー」


「え? その、息を吹きかけて乾かそうかなって……」


「ふー……ふー……ふー……ふー……」


「……え?」


「あ、ドライヤーとタオル? ドライヤーとタオルね!? そ、そうだよね。うん、そうに決まってるよね!」


「も、もちろんわかってたよ。今のはその、君の対応力を試したっていうか、あの、ええと……」


「あ、はい。とってくるね。待ってて!」


SE:バタバタ立ち上がる音

SE:こける音


「あうう……」


「え、だ、大丈夫、大丈夫……あはは……はぁ」


「(小声)うぅ……クールなお姉さん、うまくいかないなあ……」


SE:ドアを開き、部屋を出て行く。

SE:時間の経過を表す鐘の音


「ゲームもボロボロ、麦茶はこぼす……こける……」


「あの、今日、いっぱい迷惑をかけてしまって、その……」


「これで明日来てもらえなかったら深刻に凹むので、できれば明日も……」


「え、来てくれる?」


「ふ、ふふん、そうだよね。来てくれるよね。いや、君のために、お姉さんは貴重な時間を空けておくのでね」


「じゃあ、また明日」


「……今日はごめんね」

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