第2話

        * * *



「ようこそ。俺たちはバナラシー王国軍の陸軍第二軍団、404戦車大隊第7小隊だ――小隊といってももう、この777号車だけだがな」


 ひょろりとした体型、北欧系の顔立ちをした士官がフカマチに敬礼した。


「ボルグ・カタヤイネン少尉だ。戦車長を務めている」


 777号車の乗員はあと、砲手のマクスウェルとブロッサム、二人の軍曹と操縦士の伍長、ヒポポタマス――これは流石にあだ名だったが――装填手のウォータールー上等兵と、それに、通信士のイサック伍長。


「……少尉が戦車長ってことは……小隊長車だったのか?」


「いや。俺が小便に離れてる間に、デスバイターに上面攻撃トップアタックを食らってな。残りの乗員もろとも、775号車は炎上したよ。それで整備デポまで戻って、修理中だったこいつ777を引っ張り出して戻ろうとしたら、その間に前線が突破されてた」


「そりゃあ、ついてないな……」


 その前線突破のタイミングは、フカマチも覚えていた。四日前のことだ。その直後から共和国軍は突破口の両翼を食いちぎるように包囲、殲滅に移り、第13機械化歩兵中隊は危うく難を逃れて撤退戦に入ったのだ。


 その後の、777号車のたどった運命はなかなかに壮絶なものだった。


 そもそもがバナラシー王国は、この密林に覆われた大陸の中でも北方の、やや乾燥した土地に築かれた国だ。カルメット共和国のあるこの辺りとは風土が大きく違い、将兵の多くが風土病に悩まされていた。

 飲み水から感染する細菌性の病気で、軽い下痢のあと腎臓の機能が変調をきたし、むやみに小便が出る。死ぬ至るほどの事にはまずならないが、何とも不快な代物だし、戦闘能力には大いに影響する。


 カタヤイネン少尉もこれに悩まされていたわけだ。


 その後、孤立した友軍の小部隊が撤退するのを援護したりしながら戦線の移動を追って来た。だが、補給は望むべくもなく、放棄された整備デポに駆け込んでは残った物資をかっさらい、デスバイターに発見されて攻撃を受けて逃げ惑う――そんなことを繰り返して、この地点まで逃げてきた、ということだった。


「困ったことに、装填手のトーマ兵長は一昨日、放棄デポでの砲弾搭載作業中に地雷にやられた……あそこは罠だったんだ」


「運が悪いな……」


「そんなわけで、俺たちは装填手を必要としてる。フカマチ軍曹、あんた、重いものは大丈夫か? ヘルニアの既往は?」


 大丈夫だ、とフカマチは請け合った。機械化歩兵は普段から野戦服の上に簡易パワードスーツを装着していて、重くてかさばる“ダゴ”対戦車ロケットや“ジーゴンス”汎用地雷などを取り扱うのが常なのだ。100キログラム程度の重さまでは、何と言うことはなかった。


「ありがたい。どうやら俺たちの運も、ようやく上向いてきたようだな」


「777号なんて、えらく縁起のいい番号だと思ったが」


 砲手のマクスウェル軍曹が、そんなフカマチに悲しげな微笑で応えた――


「あんたニホン系か、じゃあ知らないかもしれんが……7は別に縁起のいい数字じゃないんだぜ」


「そうなのか?!」


「ああ。もともと昔の野球の試合かなんかが起源だと。七回目で打った球が風でホームランになったとか」


「ユダヤの数秘術では、7は循環や調和を示すというが――」


 操縦席の方からヒポポタマスが低い声で告げる。


「七の千年紀にはすべてがぶち壊されて新規まき直しになる――そんな話もあったな、確か」


 フカマチは不安になった。


 ――俺の部隊は第13中隊。不運にまみれたこの戦車小隊のなれの果てに、さらにダメ押しをするのじゃないか?


「なあに。あんたはあの砲爆撃の中で生き残った。運はいいはずさ……それに、7と13を足せば20になる」


 ブロッサムがよく意味の分からない足し算を披露した。


 ともかく、戦線を追ってさらに進むしかない。使える砲弾は残り11発。機銃弾も残り少なく燃料もかつかつ。交戦は極力避けたいが、状況は予断を許さない。



 こうして、戦史に名高い「777号車の不運で幸運な撤退行軍」が始まった――

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最低不運の第七小隊 冴吹稔 @seabuki

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