最低不運の第七小隊

冴吹稔

第1話

 気が付くと、周囲には誰もいなくなったらしかった。

 砲爆撃で巻き上げられた土砂の積もった地面から、ダンジュウロウ・フカマチ軍曹は恐る恐る体を持ち上げた。


 ――大丈夫だ、どこもなくなっていない。


 だが、周囲にまばらに散乱した戦友たちは、誰一人原形をとどめていなかった。


(こりゃあ、ひどい事になったもんだ……)


 速やかに友軍に合流し、原隊に――まだあればだが――復帰して、再編成を待たねばならない。まともな軍人ならば当然、そう。

 だが、今回ばかりは。フカマチ軍曹は立ち上がって歩き出すのがひどく億劫に感じられて、しばらくの間そこに座り込み、物言わぬ戦友たちをぼんやりと眺めていた。



 オリオン渦状枝に広く進出した地球テラ連合星間機構が、領土拡大を下心に、このちょっと水分多めの地球型惑星アースライク・ワールドに介入を始めてはや一年。地球連合が肩入れしたバナラシー王国軍は、目下敗走につぐ敗走を重ねていた。


 日に日に拠点は失われ、戦線は後退していく。フカマチ軍曹の所属する第13機械化歩兵中隊も、後退した王国軍の前線を追って撤退――否、転進の途上にあったのだが。

 カルメット共和国軍のデスバイター戦闘攻撃機によるひっきりなしの空襲と、200ミリロケットアシスト砲を装備する重戦闘ロボット兵器、100トン級戦機クリーガー・ソギャンディッシュによる間接砲撃は、わずか100キロの距離を進む間に草でもむしるように中隊をすりつぶしていったのだ。


「あーくそ。死にたくねえなぁ……」


 バナラシ―軍の前線までは、フカマチが知る最新の状況でもあと180キロはある。今はもっと後退しているかもしれない。負け戦に参加するのは初めてでもなかったが、ここまでどうしようもない状況になった経験はない。


「物資は……あらかた吹っ飛んだか」


 少し離れたところには給水車と物資輸送トラックが、ずたずたに引き裂かれてひっくり返り、未だにわずかな可燃物が煙を上げている。丹念に辺りを探せば糧食レーションパックのいくつかくらいは見つかるだろうが。今のフカマチにはその気力はなかった。


 

 陽が沈み、辺りは急に視界が悪くなった。ミルクを流したような霧が、フカマチを取り巻いて、泥に汚れた野戦服をじっとりと湿らせながら漂っていく。

 この一帯は交通網の一部をなす細い運河クリークに沿った沿道で、気象条件によってひどい濃霧が発生するのだ。


 その白い帳の中から、何かが近づいてくる音がする。咳き込むようなディーゼル・ハイブリッドエンジンの駆動音と、キュルキュルと履帯連結ピンの軋む音――


「戦車か……クソッタレ、ここまでか」


(いや、焦るな)


 戦車の車内からの視界は一般に言って、ごく狭い。視察のためにハッチから頭を出した戦車長が頻繁に撃たれて死ぬのも、随伴歩兵との連携が必要なのも、それゆえだ。

 動かずじっとしてやり過ごせば、気づかずに通過してくれるはず。もっとも、その場合こっちは敵軍の真っただ中に飲み込まれたということになりかねないが――


 その時。霧を透かして、近づいてくる戦車のシルエットが見えた。砲塔上面に目立った構造物が無いのっぺりしたシルエットと、特徴的な二連装105mm主砲。見間違えようもない。


 TMBT-43“ボーブラー”。地球連合の地表軍サーフェス・サーヴィスが装備する、採用から30年を経た傑作主力戦車。バナラシー軍にも供与されている――つまり味方だ。

 見守るうちにボーブラーは停車し、後部ハッチを開いて乗員が二人降りてきた。周囲を警戒しつつ、辺りに散らばった武器弾薬、それに兵士の認識票を回収する様子だった。


  フカマチはゆっくりと立ち上がり、頭上で両手を交差させるように手を振った。


「おおぃ! 撃たないでくれ、友軍だ! 第13機械化歩兵中隊、ダンジュウロウ・フカマチ――」

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