アンラッキーマン事件のその後

サトウ・レン

取材者〈サトウ・レン〉・語り手〈匿名希望〉

 いきなり、なんですけどね。

 サトウさんはアンラッキーマンって知ってますか。その反応は知らないですね。そりゃそうだ。いくら都市伝説に詳しいなんて言っても、こんな限定された場所だけのふざけた都市伝説は聞いたこともないですよね。俺の地元の小学校で流行った都市伝説なんです。でも事件自体は有名だから、たぶんサトウさんも聞いたことはあるはずだ。アンラッキーマンは知らなくてもね。


『7の付く日は要注意! アンラッキーマンがやってくるぞ』

 ってね。


 7の付く日、そうきょうみたいな日です。赤い血塗れの仮面を被った大男で、晴れた日も雨の日も、いつも同じ白色のシャツを着ているんです。その男と出会うと不運な出来事が起こるから、アンラッキーマンで呼ばれはじめたんです。不運な出来事、ってまぁ結論から言えば、殺されるんですけどね。


 知らないですよね。当然だ。でも子どもの頃の俺にとって、世界はそのちいさい世間だけでしたから、アンラッキーマンは日本国内すべてを揺るがすダークヒーローくらいに思ってたんです。


 なんで殺人鬼がダークヒーローか、って。


 そうですね。では、どこから話しましょうか。あっ、その前に、サトウさん。最初の約束、覚えていますか。俺は真実を語りますから、だからあなたも俺の言葉を信じてください。俺の言葉を疑ったり、曲解して話の内容を変えてしまうのはNGです。俺はありのままを書き記してくれる、という話だったから、今回、都市伝説ライターをしているあなたに、この話をする覚悟を決めたんです。いいですね。


 良かった。そう言っていただけると、こっちとしても安心です。


 当時、俺がそのN小学校に通っていた頃、立て続けに殺人事件が起こったんです。被害者の性別や年齢は全員違いますが、共通点がひとつありました。それは全員が、俺の通っていたN小学校の関係者だった、ということです。つまり生徒や先生、出入りする業者や生徒の家族。三ヶ月という短い期間の中で、九人の人間が殺されたんです。一番多いのは、やはり生徒でした。7日、17日、27日、すべてアンラッキー7の夜ですね。


 犯人は結局捕まらなかったんです。で、まぁ不謹慎ではあるのですが、そこは小学生ですから、好奇心みたいなものはあって、「俺、犯人見たぞ」なんて言う子の色々な言葉が混ざったまま、噂は広まって、それがアンラッキーマンなんです。漫画にも似たような名前のキャラいましたが、もちろん全然、関係ないですよ。


 だから俺たちの間では、『アンラッキーマン事件』と呼ばれていました。実際に警察がどう呼んでいたかは知りませんが。


 でもいつか自分が殺されるかもしれない、と恐怖は覚えていたと思いますよ、みんな。ただ同時にこんなことを願っていた奴もいるはずです。いや、はっきりと言ってしまいましょう。俺は願っていました。『俺の嫌いな奴を殺してくれないかな』って。


 当時、俺、ね。いじめられてたんです。学校へ行けば、いつも頭を小突かれたり、尻を蹴られたり。教科書を落書きされてゴミ箱に捨てられたり、勝手に好きな相手を捏造されて勝手に振られた、なんてこともありました。先生からもあまり好かれてなくて、自分の力でなんとかしなさい、お前は立ち振る舞いが悪い、要領よく生きろ、とか、ね。せめて家だけでも憩いの場になって欲しいものですが、父親がある日急に消えて、いなくなってからは、俺と母親のふたり暮らしだったんですが、すぐに感情的になって手を出してくる親で、まぁ大変でしたよ。


 アンラッキーマンという言葉が使われはじめたのは、俺の知る限りでは、三件目の事件からだった、と思います。まだ捕まってないことが生徒みんな不思議で仕方なくて、そういう噂を加速させたのかな、って俺は考えています。その三件目の事件で殺されたのが、上級生のちょっとヤンチャで怖がられていた子でした。


 だからそれもあったのかもしれません。あぁ、俺をいじめてる奴も殺してくれないかなぁ。頼むよアンラッキーマン、ってね。


 でも数多くいる学校関係者の中から、都合よく選ばれるものではありません。自分がアンラッキーマンでもない限り。四件目、五件目……、被害者は増えていく一方でしたが、知らない人間ばかりでした。


 でもアンラッキーマンは、俺にとって幸運を呼ぶ男だったみたいです。

 八件目、ひとりの少年が殺されました。それは俺をいじめていた少年でした。たったひとりでやっていたわけではありませんが、特に過激だった男の子です。ざまあみろ、って思いましたね。自分の手を汚せないのは残念でしたが、俺の現状がすこしでも楽になるのですから、アンラッキーマンには感謝しかないですよ。実際、あの後から俺に対するいじめ、あからさまなものは何もなくなりましたから。


 で、九件目の事件の話です。

 その日、俺は遅い時間まで学校に残っていました。校庭で、サッカークラブの子たちが練習している声を聞きながらぼんやりして。よくそういうことがあったんです。家に帰って、母が機嫌の悪い時だったら嫌だなぁ、ってのがありましたし、でも帰りが遅いから、って怒る母親でもなかったですから。つねに自分の都合だけで生きてるひとだったんです。嫌なひとでしたよ。あぁもう死んだんです。成人してからはほとんど会ってもいませんでしたが、つい最近。ようやく、って感じです。


 あぁすみません。話が逸れましたね。

 そう、それで俺は遅くなった帰り道、まだ家に戻る気にはなれなくて、学校近くの公園のブランコに座っていました。すると公園の入り口に、知らない男が立っていたんです。血走った目を俺に向けて、明らかにそこには殺意がこもっていました。仮面なんか被っていませんでした。ただの見知らぬおっさんです。


 ナイフを持っていました。


 俺に飛び掛かってきて、叫んだんです。

「息子の仇だ!」




 えっ、じゃあなんで俺は生きてるのか、って。

 そのおっさんが返り討ちに遭ったからですよ。ナイフ、ってすごいですね。子どもの力でも奪ってしまえば、大人とそれなりに闘えるようになる。便利な代物です。素手同士のほうが、俺は危うかった、と思います。そう、だから哀れな九人目の被害者は、同時に犯人……アンラッキーマンだったわけです。俺が九件目の犯人であることは絶対に話してはいけませんよ。誰にも言わずにこの年月過ごしてきたのですが、そろそろいいかな、って。俺はサトウさんを信じて話すんですから。それに殺人には時効がないそうじゃないですか。まぁ、ばれてもいまさら怖くはありませんが。たぶん無能な警察には見つけられませんから、証拠なんて。


 納得のいっていない顔をしていますね。

 どうしたんですか。

 いじめっ子は俺のほうだったんじゃないか、って。俺が八件目の小学生を殺したんじゃないか、って。


 ははは。変なことを言うひとだ。でも、サトウさん、色々と疑うのはそこまでにしておいたほうがいい。想像力は作家の武器なのかもしれないが、好奇心は猫を殺す、なんて言うでしょ。命が惜しいなら、想像をたくましくするのは、やめたほうがいい。さっきも言いましたが、俺の言葉を疑ったり、曲解して、話の内容を変えてしまうのはNGです。謝礼は欲しいけれど、世間体が傷付くのは嫌ですから。大丈夫。俺は嘘なんて言ってませんよ。


 八件目までの犯人はすべて、アンラッキーマンです。もしも疑うのなら、俺の目の前に証拠を持ってきてください。ぐうの音も出ないような。


 でも、もしサトウさんの話が本当だとしたら、哀れな親子ですね。いじめられっ子の息子は殺され、仇を討とうとした父親は、たかが小学生に殺される。可哀想で可哀想で、笑えてきますね。本当にアンラッキーな人生だ。


 えっ、なんです。

 模倣犯は絶対に許さない、って。

 だから、なんで八件目以降が模倣犯、って証拠もなく言い切れるんですか。まったく。


 えっ、探すのに十年も掛かった、って。

 何言ってるんですか。まるで自分がアンラッキーマンみたいな。


 ……なんですか、それ。仮面ですか。やっぱり元から知っていたんですね、この話。そ、そうだ、俺を怖がらせようとしてるんだろ。だから、7の付くきょうを選んだんだ。


 サ、サトウさん。


 そ、そうなんですよね。そう、って言ってくださいよ。

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