セブン
大隅 スミヲ
セブン
さわやかな朝……とはかけ離れた、憂鬱な朝だった。
昨夜遅くに降りはじめた雨は、勢いを維持したまま降り続いている。
目覚めのコーヒーを飲もうとしたら、インスタントコーヒーが切れており、仕方なくきょうは白湯で朝食のトーストを胃袋の中へと流し込んだ。
テレビをつければ、近所で発生した通り魔事件で若い女性が惨殺されたと報じられており、道路に飛び散った大量の血液の映像がモザイクなしで見せつけられた。
ニュースキャスターは青白い顔でその映像を見ていたが、ついには我慢できなくなってしまったらしく、生放送中のスタジオで盛大に吐しゃ物を巻き散らすという映像をお茶の間に届けてくれた。午前7時7分のことだった。
慌ててチャンネルを変えて別の情報番組を見る。
こちらは若い女子アナが男性アイドルの話をワイワイキャッキャとしながら語っているだけであり、微塵も面白さは感じることができなかったが、あのニュース番組を見ているよりかはましだと思い、つけっぱなしにしておいた。
「続いては占いコーナーです」
清楚を体現したかのような姿の女子アナがそういうと、画面が切り替わって、アニメの絵が画面に登場する。
普通の占いであれば、星座や血液型、誕生月など、なにか基準となるものがあるはずなのだが、その占いは違っていた。
「今日のあなたの運勢は、最悪でしょう。厄災に見舞われること間違いなしです。命を落とさぬよう、気を付けてください。今日のアンラッキーナンバーは『7』。それでは、きょうも元気にいってらっしゃい」
黒いワンピースを着た色白な黒髪の少女がそれだけ告げると、テレビの電源がいきなり切れた。
「なんだこれ」
思わず独り言がこぼれた。訳が分からなかった。そもそも、アンラッキーナンバーってなんだよ。しかも『7』って。その数字は私が一番大事にしている数字だった。7月7日生まれの私はいつも『7』をラッキーナンバーだと考えているのだ。
だから、車のナンバーも7を並べているし、マンションの部屋も707号室にした。携帯電話の末尾も7と、色々と7にこだわっているのだ。それなのに、アンラッキーナンバーが7って……。
そもそも私は占いを信じない。特に自分に不都合な占いは信じないのだ。そうやって、いままでも生きてきた。だから気にしない。アンラッキー7なんて、気にしない。
出勤時間になり、マンションのエレベーターに乗り込もうとするとエレベーターは7階で止まったまま動かない状態だった。
仕方なく、階段を使って1階まで降りていく。
日頃の運動不足がたたって、1階に着くころには息も切れ切れで、膝に手をついてなんとか呼吸している状態だった。
やばい、このままでは始業時間ギリギリの到着になってしまう。
ダッシュしてバス停へと向かう。何とか間に合い、バスを待つ人の最後尾に着く。前にいるのは6人。私は7番目だった。
バスが停留所に到着して、みんなバスに乗り込んでいく。
そして、私がバスに乗り込もうとしたタイミングで運転手がマイクを使って車外アナウンスをした。
「すいません、お客さん。定員オーバーです。つぎのバスをご利用ください」
え、いままでそんなの一度もなかったじゃないか。
私は運転手に言おうとしたが、運転手は何事もなかったかのようにバスの扉を閉めて走り去っていってしまった。
アンラッキー7。
どこかから、そんな声が聞こえたような気がした。
その後も色々とあったが、何とか会社には遅刻せずに到着することが出来た。
なるべく『7』は避けるようにしよう。
そう意識しながら過ごしたため、午前中はそれ以降なにも災難に見舞われることは無かった。
昼休み、ラーメンが食べたくなり、会社の近くのラーメン屋に同僚と向かう。
店の前にある販売機で食券を購入し、店主に渡すと番号札を返された。
その番号札には『7』と書かれていた。
嫌な予感がした。
案の定、一緒に入った同僚のラーメンはすぐに来て、私の注文したラーメンは待てど暮らせど出てこなかった。
アンラッキー7ってやつか。
私は苦笑いをしながら、自分のラーメンが出てきていないということを店員に伝え、すぐに作ってもらった。
そして、私のところに熱々のラーメンが運ばれてきた時に事件は起きた。
何もない平らな床で店員がつまづいたのだ。
ラーメン丼ぶりは宙を飛び、私は頭からその丼ぶりをかぶることとなった。
まるで漫画のような出来事だ。
アンラッキー7、侮るなかれ。
このままでは、占いで言っていたように命を落としかねない。
私は7を避けることにした。
自分の順番が7番目となれば誰かに譲り、何かをやっていて7度目となる時は、あえて小さな失敗をして8回目のリトライをするようにした。
こうして、なんとかアンラッキー7を回避することに成功したのだ。
そんなことをやっていたお陰で、残業となってしまい、帰宅できたのは日が変わる寸前だった。
コンビニにより、缶ビールとつまみを買う。
こんな日は、飲んでなければやってられない。
「777円になります」
「え?」
私は店員の言葉に血の気が引いた。
何かを買い足して777円から逃れなければ。
私はレジ横にあったチョコレートに手を伸ばす。
その時、入口の自動ドアが開き、フルフェイスマスクにライダースジャケットという姿の男が入ってきた。
思わずチョコレートへ伸ばしていた手が止まる。
フルフェイスマスクの男は、ゆっくりとズボンの腰のあたりへと手を伸ばす。
私の脳裏には、数日前に見たコンビニ強盗事件のニュースの映像が流れていた。
犯人はフルフェイスマスクという姿で、店員や客に拳銃のようなものを突き付けて金を要求していたはずだ。
アンラッ――
その声が頭の中で聞こえてこようとしたとき、左腕にしていたスマートウォッチが時刻を知らせた。午前0時。日付が変わった。アンラッキー7の日は終了したのだ。
フルフェイスマスクの男は、ズボンの後ろポケットからスマートフォンを取り出しただけだった。
会計を済ませた私は店を出ると、いま買ったばかりのビールを開けてひと口飲んだ。
もうアンラッキー7はこりごりだ。
セブン 大隅 スミヲ @smee
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