第64話 ウェルミング解放

 黒衣の少年は、ゲランに剣を向ける。


「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ。さすがに俺自身は死ぬつもりはないよ。まだまだ街のためにできることがあるはずだからな。凶悪犯の中から代役でも立てればいいだろ」


「いや。死ぬのはお前が相応しい」


「いやいやいや、要はアレスが死んだとみんなが思うのが重要なんだ。死体は別に俺のじゃなくてもいいだろ。ここは穏便に、これからの計画を話し合おう。俺たちはきっと気が合う。打ち合わせ無しで同じ計画を同じタイミングで考えてたんだからな。きっと俺は、これからもあんたの役に立――ぶぐっ!」


 ゲランは顔面に強烈な蹴りを食らってひっくり返った。


 黒衣の少年に恐ろしい形相で見下される。


「えっ、なっ、え!?」


「……おれは、お前の実験室を見てきた」


「あっ、お、俺の研究に興味があるのか? いい新魔法があるんだ、教えようか」


「見てきたのは、人体実験室のほうだ」


 殺意のこもった冷たい声。


 言い訳する前に、ゲランの喉は踏み潰された。


 もはや声が出ない。舌先三寸では切り抜けられない。


 強引に抜け出そうとするが、ゲランの力では少年の足を首からどかせない。


 こんなとき『百万の叡智』があれば、いつどこに力を込めれば抜けられるかわかるのに。どんな動きなら動揺を誘えるかわかるのに。


 今は、なにもわからない。どうすれば生き延びられるのか、わからない。


 黒衣の少年が剣を掲げる。


 その剣を、ゲランは見たことがあった。


 アレス・ホーネットの――神竜政樹の愛剣。


 ゲランの脳裏に、その剣を向けられた記憶が蘇る。無数の魔族を斬り殺し、数々の転生者を返り討ちにする無敵の姿。血の海を戦い歩きながらも、本人だけは返り血ひとつ浴びていない異様な光景。正面からでは誰も太刀打ちできず、ゲランも『百万の叡智』で分析する間に死の直前まで追い詰められた。運良く生き残れたから、あとで弱点を突いて殺せた。だが、何年も夢に見た。あの死の恐怖を。


 今ここに、同じ恐怖がある。


 目の前に迫る死、死、死。


 ゲランは頭の中が真っ白になって、ただただ駄々っ子のように手足を暴れさせる。


 延命にはならない。


 ただ事実だけを告げる、冷酷な声が少年から発せられた。


「――女神ペルシュナの名において、神罰を代行する」

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敗北女神と神罰代行【堕落した転生者が悪逆非道の限りを尽くすので健気な女神に代わって駆逐する。やつらは絶対許さない。命乞いしても容赦せず必ず皆殺しにしてやる】 内田ヨシキ @enjoy_creation

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