第63話 口車
独り言に応えた声に振り向く間もなく、ゲランは背後から首を拘束された。ワイングラスが落ちて割れ、床を紅く染める。
背後の声の主は、なにか小さい石版をゲランに押し当てる。
ゲランの体が輝き、その光が石版に吸収される。
自分の神性技能が失われたことが、感覚でわかる。
「あ、ぐ……っ、その、石は……」
ラバン殺害犯の遺留品として、分析を頼まれた物だ。
神性技能を剥奪したり付与したりできる道具。
「分析したはずだろう。忘れたのか」
忘れていたわけではない。ただ、自分が対面するとは思ってなかったのだ。敵の弱点を暴いたら、他の転生者や衛兵に殺させるつもりだったのだ。
ゲランは拘束を解かれ、床に突き飛ばされる。
転がるように振り向く。両手を突き出して、相手を制止しようとする。
「待てっ、待ってくれ! 殺さないでくれ、話を聞いてくれ!」
背後にいた黒衣の男は聞く耳を持たない。よどみなく迫りつつ腰の剣を抜こうとする。
「頼むよ! 俺はあんたに協力できる!」
「協力だと」
黒衣の男は呟くと動きを止めた。
よく見れば少年とも言える顔つきだ。目つきだけは強靭な戦士そのものだが、相手が若いなら口車に乗せられるかもしれない。今だけでも切り抜ければ、あとから殺すことはできる。
「あ、ああ、協力だよ。だってそうだろう、あんたはアレスを殺した。俺も、いつか殺してやるつもりだったんだ。同じ目的を持ってたわけだ。共通点がある。似た者同士だ。だったら、他でも利害が一致するかもしれない。協力し合える。そう思わないか」
黒衣の少年は、冷たく笑った。
「協力なら、もう充分にしてもらった」
「どういう、意味だ? そんな覚えはないんだが」
「お前のことは、ラバンから聞いて知っていた。麻薬組織の次に潰すつもりでいたが、色々と立て込んで順番が狂った。だが、その間にお前は、こちらの都合の良いように動いていたらしい。だから今日まで泳がせていたんだ」
泳がされていた? つまり監視されていたということか?
そういえばアレスが死んでからのゴタゴタで気にする余裕もなかったが、最近、おもちゃ用の女がまったく入ってきていない。こいつが阻止していたのかもしれない。
「なにが、あんたに都合が良かったんだ」
「お前は自分こそが本物のアレスだと公示しただろう。幻の領主は、もう幻じゃない」
「そ、それで? 礼でも言いに来たのか? 俺が領主になって嬉しいのか?」
「ああ、あとはお前が死体になれば完璧だ」
黒衣の少年が剣を抜く。ゲランはひぃっ、と声を上げて後ずさる。
「なんでだよ! 俺のなにが悪かった!? アレスの代わりに領主になるのがそんなに悪いのか? 領主不在じゃ、市政が滞っちまうだろう! 俺はこの街のことを考えて、あえて名乗り出たんだ!」
でまかせでも、とにかく口を休ませず言い訳を重ねる。
きっと、どこかに突破口はある。死ななければ、必ず再起できる。
「魔族の王に口利きしてもらうつもりで、街のため……か?」
黒衣の少年は、懐からなにか封筒を取り出した。
ゲランには見覚えがある。
サタルシアへ宛てた書簡だ。郵送用の文箱に入れる前に、何度も内容を確認した。封筒も厳選した。見間違えるわけがない。
厳重に護衛までつけて発送したというのに奪われたというのか。
「この手紙は貴重な証拠だ。サルーシ教の正体が魔族だということも書かれてる。お前たち街の権力者が、魔族と癒着していたことも。領主を名乗る男のサイン入りでな」
「そ、それは……」
ゲランは冷や汗をかきながらも数秒で話をでっち上げる。
「そう、それこそが俺の狙いだったんだよ! その証拠があれば、サルーシ教をこの街から排除できる。でもそれだけじゃダメだ。アレスの影響力はまだ大きいんだ。アレスが幻の領主のままじゃ、誰かが名前を騙ればいくらでも支配できる。サルーシ排除の動きなんてすぐ制圧されちまう。だからこそ、この俺が名乗り出たんだよ! 幻の領主を、実在する権力者に変えてやったんだ」
咄嗟にでっち上げた話にしては出来がいいように思えた。自分の言ったことを反芻しても、不自然な点はない、はずだ。
「それはご苦労だったな。おれの目的は、まさにそれだ。この街をサルーシ教の――魔族の支配から解放することにある」
やった、と心中で呟く。上手くいっている。こいつは丸め込めそうだ。
「ああ、やっぱり同志なんだな。実を言えば俺は今まで仕方なくやつらに従っていたんだ。まともに戦っても勝ち目はないからな。そこで今回の事件だ。チャンスだと思って一世一代の大勝負に出たんだよ」
「殊勝なことだ。じゃあ、さっさと仕上げをしよう」
「ん? 仕上げ?」
「お前が死ねば、支配者はもういない。この街の解放を邪魔する者はいなくなる」
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