エピローグ
第62話 ウェルミング魔法研究所
ウェルミング魔法研究所は中央地区にある。
同じく中央地区にあるマーフライグ教会から南西に向かい、大通りを横切った先に見えてくる三階建ての広い建物がそれだ。
街の象徴とも言えるマーフライグ教会より目立たぬよう、外見は無骨で、階数も少なくなっている。その代わり面積は広く、地下は二階まである。
ある深夜、ゲラン・マルコーは三階の所長室でワインを片手にほくそ笑んでいた。
計画の準備が終わり、いよいよ自分が表舞台に出るときが来た。その祝杯だった。
ゲランは転生者である。本名は
神性技能は『
かつてペルシュナに選ばれた彼は、はじめこそ魔族を相手に戦いもしたが、サルーシ教が台頭してくるとあっさり裏切った。彼の神性技能は直接的な攻撃力はなかったが、あらゆる場面で役に立った。
ウェルミングの街で、サルーシ教や魔族を相手に抵抗し続けていた勢力のほとんどは、『百万の叡智』で弱点を明らかにされたがために敗れたようなものだ。
当時、その無敵ぶりで手に負えなかった神竜政樹とかいう転生者を抹殺できたのも、いわばゲランの功績だった。
だというのに、どういうわけかやつは蘇った。
アレス・ホーネットを名乗って、サルーシ側についたのはいい。だが、やつはこともあろうに、本来なら功績あるゲランが就くべきウェルミングの領主に任命された。
一方でゲランは魔法研究所の所長止まりだ。能力的に向いているとはいえ、旨味が少なすぎる。ラバンやリッドのように麻薬で私腹を肥やすこともできず、メートフのように信者から布施を巻き上げることもできない。せいぜい、さらってきた女どもを人体実験の名目でおもちゃにできるくらいだ。
その特権自体は、まあ気に入っている。清廉な魂を、類まれな知性を、麗しい反骨心を、ぐちゃぐちゃに陵辱して、性欲以外なにも持たない人形に堕とすのは最高の娯楽だ。飽きた人形はオークにでも売ればいい小遣い稼ぎになるし、他の遊びの材料にもなる。
孕ませた女を魔法実験で子宮だけふっとばしたときなど痛快だった。あまりに興奮して一晩のうちに三つも人形を壊してしまったほどだ。
とはいえ、どんなに楽しくても、相応しい立場がなければ満足はできない。
幻の領主などと言って隠れている臆病者などより、やはり自分こそが領主に相応しい。
いつか役に立つと思って幻のままにしておいてやったが、ついにその好機が来た。
死んだのだ。アレス・ホーネットが。
新たな反抗勢力に殺されたのだ。
「く、くく、ふはっ、はははっ」
思い出すだけでも笑いが止まらない。
アレスの正体は何人かには知られたかもしれないが、まだ揉み消せる。つまりまだ幻のままだ。幻の向こう側で入れ替わったとしても、誰にもわかるまい。
なんの苦労もなく、ゲランはアレスのすべてを引き継げるわけだ。
懸念事項がないわけではない。
マーフライグ教会の周辺で、ペルシュナ教信者が急増している。なんでも、彼らは奇跡を見たというのだ。崩壊する教会の復元やら、死者の蘇生やら。
その場所でアレスが死んだのもあって、幻の領主が死んだという噂も広がりつつある。
対抗して、死んだのはアレスを騙る偽物だと噂を流させている。お陰で、街の大多数にはペルシュナ教徒の妄言だと信じさせることに成功している。
ペルシュナ教徒への弾圧も強め、懸念を根本から断ちたいが、こちらは思うようにいっていない。
焼け落ちたはずの貧民街のサンクニオン教会で、神父が無償で質のいい薬を配っており、民衆の支持を集めているというのだ。
そして衛兵の中にもペルシュナ教に加担する者が出始めており、しかもアレスの死を信じている。ゲランが幻の領主のフリをして指示を出しても従おうとしない。
ゲランは対応策をふたつ実行した。
ひとつはサルーシ教の本拠にいる、魔王サタルシアへ宛てた書簡だ。
今回の事件でアレスや主だった転生者が死に、他に引き継げる者がいないため、自分が領主となることを許してくれるよう丁寧にしたためた。
もともと、本当の領主がろくに働かないので、もう何年もゲランが代行している。引き継いでも今までとなにも変わらない。そのことを様々な言い回しで三度も強調してある。どうせ、幻の領主のことだ。嘘を書いても気づかれない。
まず間違いなく、サタルシアはゲランを領主に任命するだろう。
次は街中への公示だ。
偽物がアレスの名を騙って虐殺事件を起こしたことを重く受け止め、二度と同じことが起こらぬよう、これまで明かさなかった正体を明かすというものだ。もちろんそれはゲランのことである。正式に領主に任命された書面をあとから公開すれば、もはや疑う者は誰もいまい。
今朝公示したばかりだが、入念に準備してきた甲斐があり、民衆のほとんどはゲランを領主アレスだと信じている。この分では、正式な書面を公開する必要もないかもしれない。
幻のように逃げることもできなくなったが、そもそも、誰からも逃げる必要はない。
「ふ、ふふふっ、そうだ。俺の『百万の叡智』にかかれば、誰だろうと裸同然なんだ。アレスを殺したやつがどんな化け物でも、俺の敵じゃない」
「それはどうかな」
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