第61話 世界を救え、人を殺せ
「なんで、ペル、なんでおれなんかを」
「う、うぅうっ、ひぐっ、うぅううー! 志郎さんのばかぁ!」
ペルは弱々しい拳で、ぽかぽかと志郎を叩く。
「殺人鬼が、自分が傷つくのも厭わず人を助けますか!? 殺人鬼が、人を死なせて涙しますか!? 志郎さんのお陰で、何人救われたと思うんですか。どれだけ、わたしが救われていたと思っているんですか……」
ペルはすんすんと鼻をすすりながら、両手で涙を拭う。
「志郎さんはいつだって、敵を倒すより人を守ることを優先してきたじゃないですか。わたしは、そんな志郎さんだから選んだんです。誰より優しいと思えたんです。あなたは、誰かの不幸を自分のこと以上に怒って、自分を犠牲にして戦える人なんです。あなたの代わりなんて、どこにもいないんです!」
「でも人殺しだ」
「それは、わたしが赦します」
ペルの瞳には、強い決意の光が宿っていた。
「罪の意識が、誰かを助けようとするあなたの心を挫いてしまうのなら……、その罪はわたしが赦します。女神ペルシュナの名の下に、あなたを赦します。他でもないわたしが、あなたをずっとずっと赦します。ずっとずっと支えます。だからその怒りを、その優しさを、失わないでください」
ペルの姿に、妹の姿が重なって見えた。
死んだ妹。救えなかった妹。
その妹に、赦された気がした。
無意識に頬が緩む。
それを見て、ペルも微笑む。
「それにこの先、他の街から魔族や転生者が来て、きっとまたこの街でひどいことをするはずですよ。志郎さんは、それを放っておけるんですか?」
「……いや、放ってはおかない。おれはやつらを、許さない」
「この街にはまだ助けを必要とする人々がいます。罪悪感を理由に、その人たちを無視できますか?」
「できない。できる限り助けて、苦しみの根本を排除する」
「そうです。それが志郎さんなんです」
志郎はゆっくりと頷く。
「そうか、そうだったね。おれは、そういうやつだ。死んでる場合じゃない」
「半年前、ふたりでこの地に来たとき、わたしは曖昧な言葉で志郎さんに戦いをお願いしてしまいました。けれど今、ここでちゃんと言葉にしますね」
大きく息を吸って、ジッと真剣な目で志郎を見つめる。
「志郎さん、わたしと一緒にこの世界を救ってください。そのために必要なら、敵を、人を、わたしが選んだ転生者を、殺してください」
「いいとも。やつらは、皆殺しだ」
言ってから、志郎はくすりと笑った。
「誰かに聞かれたら、邪神と狂信者に誤解されそうだ」
「いいんじゃないですか。わたしたちが何者かなんて、わたしたちがしたことや、これからすることを見た人が決めればいいんです、きっと」
脅威の去った大聖堂では、多くの避難民が動き出していた。
たくさんの犠牲者と、その前で泣く人々。無事を喜び合い、抱き合う人々。ペルシュナに感謝と祈りを捧げる人々。ペルシュナへ祈ったことをサルーシに懺悔する人々。死んだ友達と、死んだ殺人鬼。
そして志郎とペルに歩み寄ってくる人々。避難民だけじゃない。衛兵もいる。サルーシの聖職者もいる。
彼らがペルシュナを邪神と呼ぶか、創造主と呼ぶかはわからない。彼らが志郎を狂信者と呼ぶか、ペルシュナの聖騎士と呼ぶかもわからない。これからどんな扱いが待っているのかもわからない。
ペルはただ彼らを、守るべき人々として見つめている。
敗北していても、志を失わない女神の横顔。
ペルが志郎を赦し、支えてくれるのなら、志郎もペルを赦し、支えたいと思う。女神の過ちを赦し、敗北から立ち上がる支えになりたい。
少しだけ不安げに、ペルはちらりと志郎に瞳を向ける。
志郎は小さく頷いて、ペルと手を繋いだ。
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