第60話 懺悔

「だめです、志郎さん! 目を開けてください!」


 息を切らしたペルが、転んだような勢いで志郎にしがみつき、体を揺らす。


 消耗しきった中、急いで駆けてきたのだろう。顔は紅潮し、呼吸も荒い。


「諦めちゃだめです! 時間稼ぎでもいいですから、治療魔法を使ってください! その間にわたしが、残った神力で肉体を再生させますから!」


 ペルが神の奇跡を起こそうと、志郎の腹部に手を当てようとする。


 志郎はその手を阻むように、引っ掴む。


「志郎さん?」


「教えてくれないか、ペル……? どうして……どうしておれを選んだんだ? どうしておれが、最後の転生者に――他の転生者を殺す転生者に、選ばれたんだ……?」


「それは……。いえ、そんな話より今は治療を――」


「おれが、殺人鬼だからじゃないのか」


 その言葉に、ペルは息を呑んだ。


「おれは親友の政樹だって抹殺したんだ」


 唇が震える。


「政樹は死ぬ前に……おれが神罰を代行すると言ったとき、来るのが遅いって言ったんだ。あいつは、もっと早く自分を罰して欲しかったのかもしれない。もっともっと早く出会えてたら、あんな風にならずに済んだって悔やんでたのかもしれない」


 涙と同じように、言葉もとめどなくこぼれていく。


「そもそも政樹は、本当はなにかを変えたかったんじゃないか。だから何度もおれを誘ってた。最後の最後まで。断ったのはおれだ。殺したのはおれだ。誘わなかったのもおれだ。おれが、あいつの半分でもしつこく誘ってたら……説得してたら、なにかが変わってたんじゃないか。なのにおれは、おれは……殺すことばかり考えていたんだ」


「やめてください、今は、生きることを考えて――」


「こんな殺人鬼の大罪人が、生きていていいわけない」


 目を開けていても、志郎にはもうペルの顔が見えていない。


「鏡子のことだってそうだ。あいつは、自分を殺したら別の場所で転生して、無差別殺人するっておれを脅してた。なのにおれは自分を見失ってあいつを殺した。おれのせいで、無関係の人が何人も死ぬ……」


 いや、それ以前にあいつは、認めたくなかったが、あいつは変わりかけてた。殺人鬼から、まともな人間になれたかもしれないんだ。その機会さえ、おれは奪ってしまった。


 他にも、殺さなくていい転生者を殺した。仲間が死んで泣き喚いていたのに。家族のもとに帰りたいと命乞いをするやつも殺した。家族を失う気持ちならよく知っていたのに。


「志郎さん……」


 志郎は、もう声も出ていなかった。


 口がわずかに動いているだけなのだと、気づくこともない。


 ペルが志郎の手を握り返してくる。


 そのペルに、強く伝えたくて精一杯に声を出す。志郎にはそのつもりでも、実際にはささやくような小さな声しか出ていなかった。


「きっと、みんな助けてくれる。だからまた神力を溜めて、今度は、こんな殺人鬼じゃなくて、もっとまともなやつを転生させるんだ。ちゃんと君を、守ってもらえるように……」


 志郎の手から力が抜ける。呼吸が止まる。視界は完全な闇に染まる。


 自分の体が冷たくなっていく感覚と、どこかでそれを客観的に眺めている錯覚。


 死んだときと同じだ。


 二度目の死。


 この闇の中で、いつかは妹や政樹に会えるだろうか。


「――いやです」


 闇の中で、ぼんやりと光が浮かんだ。


「わたしは、そんなのいやです!」


 光はあっという間に広がって、闇を覆い払った。


 殴りつけてくるようなペルの声。


 頬に落ちてくるペルの涙。


 目の前にあるペルの泣き顔。


 マーフライグ教会の天井。


 上半身を起こす。傷の痛みが消えている。


 ペルが、なけなしの神力で志郎の肉体を再生してしまったのだ。

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