貝殻のイリデッセンス
十余一
貝殻のイリデッセンス
知っているのはこの空だけ。四角く切り取られた青空がモザイクタイルの壁に浮かんでいる。それを私は来る日も来る日も、猫足バスタブの中から見上げていた。白く煙る夏空、
小鳥の
「ただいま!」
声色と足音に喜びがにじみ出ている。声の主は足早に私の元へ来ると、いつものように荷を広げ始めた。大粒の真珠が幾重にも連なるネックレス、銀河を閉じ込めたようなリップグロス、幻想的なマロウブルーの花茶、桃色のチューリップ。全て私への贈り物だ。
このバスルームは贈り物で溢れている。私を飾る真珠のかんざしも、
「そうだ、新鮮な真鯛も捕ってきたんだよ」
「へぇ、そうなの」
さしたる興味も示さない私の態度に気分を害することもなく、男はまた純粋な微笑みを浮かべて
「先日、鯛が欲しいと言っていただろう」
「そうだったかしら。もう鯛の気分じゃなくなっちゃったわ」
「そっか……、うん。いいよいいよ、じゃあ何が欲しい? 何でも探して持ってくるよ」
「……、
素っ気なく言い放つ私の言葉に沈むのは、ほんの少しの間だけ。またすぐに二つ返事で出かけて行く。
どうせ他の男たちと同じように、私の歌声に魅了されただけのくせに。私の
ただ、にこにこと笑って
私はずっと、破滅していく男共を見てせせら笑っているつもりで、実のところ愛というものを試していたのかもしれない。
私は何処へだって泳いて行けるはずなのに、この男の元から離れられない。この気持ちと向き合うのは、どうしようもなく心がかき乱されて怖い。
いっそ泡になって消えてしまえたらいいのに。バスタブの中で揺らめく
貝殻のイリデッセンス 十余一 @0hm1t0y01
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