鎧と防具【『押しかけ執事と無言姫』より国主夫妻番外編】

安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売!

 筋肉が体に備わった天然の鎧であるならば、衣服は鎧の性能を隠すための防具である。


 少なくとも、セダはそう考えている。


「のう、セダ。前々から思うておったのじゃが」

「なぁに? ルーシェ」

「その装束、重くはないのかえ?」


 愛しい妻からの指摘に、セダはパチパチと目をしばたたかせた。


「アルマリエ皇宮魔法使いの装束……ましてや第一位ヴァーダの正装となると、まとわなければならない衣の枚数が多い。しかしセダは表に出ることが稀じゃ。もう少し着崩していても良いのだえ?」


 その言葉に、セダは己の姿をしげしげと見下ろした。


 白いシャツと、漆黒のネクタイ。その上からベストの代わりに東洋の『カリギヌ』の意匠を混ぜたチェスターコートを着込み、さらに第一位ヴァーダ魔法使いの象徴である長く裾を引く漆黒の上着を羽織り、帯で巻いて固定している。下は下で黒のスラックスと焦げ茶の編み上げブーツに通されていていかめしい。セダが東大陸出身であることから装束は全体的に極東のデザインが強く反映されていて、その分セダの装束は袖も裾もたっぷりと布地が使われている。


 顔以外の露出はほぼゼロ。露出どころか、体のラインさえ一切出ていないのがセダの正装の特徴だ。


「セダは息苦しい格好は嫌いであろう?」

「心配してくれてありがとう、ルーシェ。でも、大丈夫だよ」


『もっと楽にすごせるように装束のデザインを改めるか』と気を揉む妻に、セダはニコリと心の底から笑いかけた。


「僕はアルマリエの国主であるルーシェの夫だから。僕が適当な格好をしていたせいで日々国主業務を頑張るルーシェがそしられたら、僕、衝動的に国を焼き払っちゃいそうだもの。だからこっちを我慢するよ」


 セダがそう答えるとルーシェは何とも言えない表情で口ごもった。恐らく『確かにセダならばそれくらいは本気でやる』と感じたのだろう。相変わらず妻は愛らしい。


「それに……」


 さらに言葉を続けようとしたセダは、ふとそこで言葉を止めた。不自然な部分で途切れた言葉にルーシェがキョトンと首を傾げる。


「それに?」

「ん? あぁ、ルーシェがわざわざ僕のルーツを思ってデザインしてくれた装束だから、変えたくないなって」


 本来正しく続くはずだった言葉を呑み込み、セダは代わりの言葉を口にした。


「それに、僕のを知っているのは、ルーシェだけでいいから」


 その言葉に今度はルーシェがキョトンとした顔で目を瞬かせる。


『国主』として振る舞っている時は決して見せない無防備な顔に笑み崩れながら、セダはそっとルーシェの耳元に唇を寄せた。


「僕の体のラインを見ることができるのは、ルーシェだけってこと」


 そこに含まれた意味に気付いたルーシェがポポポッと頬に熱を昇らせる。さらに無言でポコポコと拳を振るい始めたルーシェに、セダはいよいよニヘラッと締まらない笑みを浮かべたのだった。




  ※  ※  ※




「まぁ、本当は『それに、体付きが見ただけで分かる服は、僕の身を守る上で不利になるから』っていうのが正しく続く言葉だったんだけどね」


 ヒュオッと、手の中に握った妖刀に血振りを加えながら、セダは妖艶に微笑んだ。


「だって、困るじゃない? 『最強の魔法使い』で『最強の魔術師』で『生きる魔法具』でもある僕が、実は剣術まで極めてる、なんて知られちゃったらさ」


 セダの独白を聞く者は場にいない。先程全員がただの肉塊に成り果てたばかりだ。


「魔力さえ封じてしまえば、僕をどうこうできると思っていたの? 考え方が甘すぎるんじゃない?」


 誰かがどこかで言っていた。筋肉は、体に備わった天然の鎧であると。


 しかしその鎧は防具であると同時に武器でもある。研げば研ぐほど、使い込めば使い込むほど、嫌でも磨かれてしまう。


 武芸をかじった人間は、相手の体格や身のこなしを見れば、どの程度道を納めた者であるかを理解できる。そして身のこなしは意図して封じることができても、肉体そのものを隠し通すことは難しい。


 だからこそセダは、なるべく体のラインが出る服装で人前に出ないようにしている。己が魔法力だけではなく武力にも優れた人間であることを、体つきから決して周囲に覚らせないために。


「魔法力はルーシェにお近付きになるために必要だったから隠さなかったけれど、武力面はなるべく隠しておきたいんだよなぁ……」


 強すぎる力は不要な争いを生む。セダはそのことを嫌になるくらい知っている。


 望めば世界を滅ぼし、再構築までできる魔法使い。それが世間が承知しているセダカルツァーニ・エドアルフ・ロッペンチェルンという魔法使いだ。


 だがその実セダは、魔法を使わずとも一国の王宮くらいならば制圧できる実力を兼ね備えている。


を知ってる人間は、やっぱりルーシェだけでいい」


 血の海に沈んだ肉塊達へ淡く微笑みかけ、セダは己を覆い隠す『防具』を引き連れてその場を後にした。



【END】

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