最終話 魔導司書の奇書蒐集

「ララ・ドゥヴネット・サンドリヨン。奇書蒐集任務から帰還いたしました」

「お疲れ様でしたララ。館長としてあなたを誇りに思いますよ」


 数日後。クレプスクルム魔導図書館へと戻ったララとベルナルドを、シュレディンガー館長とアルチバルドが温かく出迎えてくれた。他の職員は今日も、魔導図書館の様々な業務へと追われている。


「直接お会いするのは初めてですね、ベルナルドさん。あなたの活躍は聞き及んでいますよ」


「傭兵として仕事を果たしたまでのことです」


「謙虚なのですね。ますます気に入りました。是非これからも、奇書蒐集任務の際はお力添え頂けますか?」


「こちらとしても大変ありがたいお話しです。魔導図書館からのご依頼は優先的に受けさせて頂きます」


「これからもベルナルドさんとお仕事が出来るんですね」


 少なからず、任務が終わったらそれっきりになってしまう可能性を感じていたのだろう。ベルナルドの続投を聞いたララの声は弾んでいた。


「決まりですね。今後の契約についてはアルチバルドから。お疲れのところ申し訳ありませんが、ララは私と一緒に地下へと来てもらえますか?」


「奇書の保管ですね」


「はい。専用の保管場所に収めるまでが奇書蒐集ですから」


「ですが、まだ駆け出しの私が立ち行ってもよいのでしょうか?」


「ララは奇書を蒐集した当事者ですから、むしろいてもらわなくては困ります。今後はあなたも自由に立ち入れるように手配しますね」


「光栄です!」


 魔導図書館の地下には、奇書や禁書といった特殊な魔導書を保管するための施設が備わっている。地下は一部の幹部職員しか立ち入ることは出来ず、ララも立ち入るのはこれが初めてだ。本の申し子の切り替えは早く、直前までの憂いが嘘のように目を輝かせている。


「それではベルナルドさん。また後で」

「ああ、また後で」


 シュレディンガー館長と共に地下へと下りていったララを、ベルナルドは手を振って見送った。


「お疲れ様ベルナルド。私からも礼を言うよ」


「副館長としてか? それともセリーヌの友人としてか?」


「両方だ。あの子が無事に戻って来てくれてホッとしている」


 シュレディンガー館長を見送ったことで、アルチバルドはベルナルドと友人の距離感に戻っていた。副館長室へとベルナルドを招き、コーヒーを淹れてくれた。


「ララの働きぶりはどうだった?」


「よくやっていた。優秀過ぎるぐらいだ。いくら耐性があるからといって、あれだけ強大な力を持つ奇書へ臆せず立ち向かえるものなのかと驚いたよ。ましてやララは初任務だろう?」


「ララは魔導司書の中でも群を抜いて耐性が強いんだ。加えて奇書に対しても恐怖の感情よりも好奇心とリスペクトの方が遥かに上回っている。それこそがシュレディンガー館長がララを抜擢した最大の理由だ。君も現場で見ていただろうが、奇書蒐集の神髄は奇書と対話し和解することにこそにある。奇書の力を手中に収めんと高圧的だったり、逆に過度に恐れを抱いたり。そういった感情を見透かされれば奇書に反発される。奇書への敬意と好奇心を持つララには奇書の心を開く才能があるわけだ」


「奇書に対する敬意か。なるほどな」


 それを聞いて改めて、奇書蒐集後にララが現在の領主であるルベンを試すような発言をしたのか得心がいった。奇書の感情をおもんばかればこそ、現在のファルコニエーリ領は良い領主に恵まれていると示したかったのだろう。


「だが、敬意はともかく好奇心の方は危うく見えた。奇書蒐集にのめり込み過ぎるあまり、身の危険に対する注意は散漫だ」


「……ジレンマという他ないな。好奇心を失った時、恐らくララの奇書蒐集は立ち行かなくなる」


「ララが奇書蒐集に集中出来るよう、周囲のあらゆる危険から守る他ないということか」


「館長からもお話があったが、これからもララの奇書蒐集の護衛を頼めるか?」


「依頼とあらば、傭兵として全力で取り組むまでだ」


 依頼など関係なくララを守りたいとは思っているが、理由付けのためには傭兵としての肩書が必要だった。セリーヌのことを秘密にしている以上、ララにとってベルナルドは母親の友人ではなく、一介の傭兵でしかないのだから。


「そういえば任務の間、誰かから監視されているような妙な気配を感じたな。もしかして魔導騎士団の連中じゃないのか?」


「マグナ団長ならば監視をつけるぐらいのことはやりそうだな。お前を護衛につけている以上、そうそう横槍は入れてこないだろうが」


「もうあの人に関わるつもりはなかったんだが、因果なものだな」


「まったくだ。目をつけられた以上は、任務外の場所でもララに注意をしておかないと」


「まるで悪い虫がつかないように気を揉む父親だな」


「茶化すな。悪い虫なのは否定しないが」


 奇書蒐集任務達成を経て、ララを取り巻く環境は大きく変わっていくに違いない。友人の娘であるララを助けていく決意を、ベルナルドとアルチバルドは新たにするのであった。


「状況が落ち着いたら、久しぶりにセリーヌの墓参りにでも行こうか」


「そうだな」


 ※※※


「ここが警句けいくの書庫ですか」


 シュレディンガー館長の案内でララは、魔導図書館の地下十階のワンフロアを丸ごと使用した警句の書庫を訪れた。胸にはファルコニエーリ領で蒐集したリカルド著の奇書を大事そうに抱えている。


 書庫といっても本棚がたくさん置かれているわけではなく、奇書一冊一冊を丁寧に保管できるよう、美術品を展示するような背の高い台と、特殊な透明なケースのセットがたくさん置かれている。奇書蒐集任務が始まったばかりなので、まだ空っぽのケースが多いが、それ以前に魔導図書館が独自に入手していた奇書が数冊、すでに所蔵されている。


「保管場所はあなたの判断にお任せします。保管場所が決まりましたら、台のプレートに奇書の命名もお願いしますね」


「本当に私が命名してもよろしいのですか?」


「保管する以上、個別の名前は必要ですし、奇書を蒐集したあなたにだったら奇書も許してくださることでしょう。参考までに、傾向としては著者の名前と本の種類を組み合わせた名前とすることが多いですね」


「名前と本の種類の組み合わせですか。なるほどなるほど」


 早速一つの候補が浮かび、ララは満足気に頷いた。


「私は外で待機していますから、作業が終わったら声をかけてください」


 そう言って、シュレディンガー館長は一足先に警句の書庫を後にした。


「保管場所はここがいいですかね」


 ララは直感的に、前列の左から二番目の台に奇書を保管することを決めた。透明なケースを解放すると、本一冊分の窪みが彫られた真っ白な台が露わになる。そこに手にしていた奇書を収めると、窪みのサイズとピッタリとはまった。


「ここは奇書を収めた魔導司書本人にしか開けられない仕組みとなっています。私は何があってもあなた様の力が悪用されることのないよう約束を果たしますので、どうかゆっくりとお休みください」


 奇書に優しく語り掛けると、ララは透明なケースを閉じて自身の魔力を登録した。このケースは力づくで開けることは出来ず、魔力を登録したことで、今後はララ以外の者の手で開けられることはない。


「若輩の身で大変恐縮ですが、ここに奇書様のお名前を刻ませて頂きますね」


 ララは台の正面に埋め込まれた金属製のネームプレートを指でなぞり、魔導によって文字を転写。それを終えると奇書へと一礼をして、警句の書庫を後にした。


 プレートには、「リカルド・ジンガレッティの日記」と刻まれている。




 了

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魔導司書の奇書蒐集 湖城マコト @makoto3

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