第13話 任務達成

「以上が今回の奇書騒動の顛末となります。現領主としてルベン様には知る権利があると考え、包み隠さずお伝えいたしました」


 無事に領主の館に戻ったララは、ルベン・ファルコニエーリに対して奇書を蒐集の顛末と、奇書が生まれた経緯についての全てを報告した。事の発端は父アルドの傲慢さであり、リカルドもまたその被害者であったという、子息としては辛い事実の数々。それでも取り乱さずに終始冷静にララの言葉に耳を傾け続けたルベンは父アルドとは違い、領主としての器を感じさせた。


「私は奇書蒐集の命を受けてこの地を訪れましたが、奇書の元となった日記帳は、領主に仕えていたリカルド・ジンガレッティ氏氏の所有物です。所有権はファルコニエーリ領にあるとも言えますが、扱いはいかがしますか?」


 ララの予想外の発言にベルナルドは一瞬ギョッとしたが、何か考えあってのことだと思い、余計な口は挟まなかった。奇書と真摯に向き合っているララが、奇書との約束を軽んじるとは思えない。


「私は父のような過ちは犯しません。我が領は奇書の所有権を放棄し、クレプスクルム魔導図書館で厳重に保管されることを希望します」


 ルベンは即答した。それを見て、口を真一文字に結んでいたララやベルナルドも表情を綻ばせる。


「自らの命を絶ったリカルドや、強制的な屈服を強いられたヴァスコ・ベロッキオの無念に報いるためにも、その力が悪用されることのないよう、然るべき場所で保管されるべきでしょう。現代に生きる私に出来ることはこれぐらいしかありません。償いには足りないかもしれませんが」


「懸命なご判断だと思います。ご無礼を承知で申し上げますが、もしもルベン様が奇書の所有権を主張なさったら、奇書様を守るために一戦交える覚悟でした」


 ――あれ? ララは戦えないんだし、一戦交えるとしたら俺じゃね?


 ルベンにその意志がない以上は杞憂だが、よくよく考えると矢面に立たされるのは護衛担当であるベルナルドである。


「少々驚きましたが、そこまで言ってくださるララ様にでしたら、安心して奇書を託すことが出来ますね。その思いに応えるためにも、私の代でファルコニエーリ領の経済を立て直してみせましょう」


「ルベン様ならばきっと成し遂げられると確信しています」


 ララとルベンは友好の印に固いを握手を交わした。相手を無条件に屈服させる力など必要ない。ルベンはきっとそのカリスマ性と政治手腕によって、祖父と並び称される名君へと成長するだろう。


「ベルナルド殿にも感謝申し上げます。奇書の件はもちろん、貴殿が周辺の魔物を一掃してくれたと聞きました。おかげさまで予定よりも早く作業を再開することが出来そうだ」


「礼には及びません。こっちも仕事ですから。傭兵ベルナルド・ベルナベウの力が必要な時は、いつでも傭兵ギルドまでご依頼を」


 ちゃっかりと傭兵としての営業を交えつつ、ベルナルドもルベンと握手を交わした。


「ファルコニエーリ領での奇書蒐集。これにて一件落着ですね」


 ララが笑顔で手を打ち鳴らした。

 

 ※※※



「団長。先程、奇書蒐集に成功した魔導司書がファルコニエーリ領からの帰還の途についたとの報告が入りました」


 ララとベルナルドがファルコニエーリ領を発った頃。ウェスペル魔導騎士団の副団長を務める金髪の女性騎士、フィアンマ・マストロヤンニが騎士団長の執務室へと駆け込み、状況を報告した。クレプスクルム魔導図書館と主導権争いを行っている魔導騎士団は当然、奇書蒐集任務の動向を注視していた。


「無事に任務を果たしたか。流石はシュレディンガー館長が大見得を切っただけのことはある」


 執務机のジョアキム・マグナ騎士団長は感情的になることなく、冷静に状況を受け止めていた。もちろん魔導図書館側が任務をしくじれば、魔導騎士団にとっては好都合だったが、そんな幕切れでは拍子抜けだという感情もある。


「ご命令とあらば、今からでも騎士団の手で奇書を回収することも可能ですが?」


「止めておけ。魔導図書館はレキシコンの正当な任務として奇書蒐集に当たっている。そこに我らが横槍を入れたとなれば、品位を欠くだけでは済まない。ライデンやモンドラゴンはともかく、本来は中立寄りのロイスダールからの支持を失うことに繋がる。それに、政治的事情を抜きにしても、横から奇書を奪うことは容易ではないぞ。魔導司書だけならばともかく、護衛に傭兵のベルナルド・ベルナベウがついている。あれは敵に回したくない男だ」


「団長にそこまで言わしめる程の人物なのですか?」


「奴と対峙する事になれば、我らも相当な覚悟を求められることだろう。奴を選出したのは恐らく、副館長のライモンディだろうが、まったく厄介な男を奇書蒐集に関わらせてくれたものだ」


 魔導を使えない傭兵を差別するような発言が目立つマグナ団長だが、ベルナルドについてだけは決して過小評価はしなかった。本人はくたびれたおっさんを自称しているが、歴戦の勇士たる騎士団長へのけん制と成り得る程に、ベルナルド・ベルナベウという傭兵の存在感は強い。


「現状は静観を貫く。そう焦らずとも、魔導図書館の奇書蒐集にはいずれ綻びが生じる。奇書がもたらす現象に対処出来るのは知識ではなく武力であると、シュレディンガー館長もやがて思い知るさ」


 一度や二度、あるいは十度は魔導図書館の任務は成功するかもしれないが、多種多少な能力を持つ奇書が相手ではいずれ行き詰ると、武人としての立場からマグナ団長は確信していた。焦らずともやがて主導権は自分たちに移る。


「フィアンマ。魔導図書館が派遣した魔導司書は何といったか?」


「ララ・ドゥヴネット・サンドリヨン。勤務一年目の新人です」


「その魔導司書のことをよく調べておけ。場合によって彼女個人に接触する必要があるやもしれんからな」


「畏まりました」


 慢心はせず、決して布石は忘れない。仮に魔導図書館が今後もそつなく奇書蒐集任務を達成したとしても、その功労者であるララを懐柔出来れば何も問題はない。


 ※※※


「ベルナルドさん。少しだけ奇書様のことをよろしくお願いします……」


 帰りの馬車に揺られるララは、強い睡魔に襲われていた。いかに奇書に耐性があるとはいえ、あれだけ劇的な体験をしながら疲弊しないはずがない。眠りに落ちる直前まで奇書を案じた部分は、流石は本の申し子といったところだ。


「遠慮せずに休むといい。お前の護衛は俺の仕事だから」

「ありがとうござ――」


 糸が切れた人形のようにララは寝落ちした。アダギウムの生み出した過去の記憶に触れ、肉体よりも脳の疲労の方が大きかった。


「……寝顔まで本当にセリーヌにそっくりだな」


 若かりし頃、セリーヌやアルチバルドと任務に赴き、帰りの馬車でセリーヌが寝落ちした時のことを思い出す。血の繋がりというのは、こんな何気ない仕草まで似せてしまうものなかと少しばかり驚く。


「お母様……」


 ララに聞こえていたのかと、ベルナルドの表情が一瞬強張ったが、直後に寝息が聞こえてきたので、それは寝言だったと分かった。ララは実の母親であるセリーヌのことを知らない。夢の中に登場したのはきっと、養母であるサンドリヨン婦人なのだろう。


「お前には何もしてやれなかったが、せめてお前の娘は絶対に守ってみせるからな」


 記憶の中のセリーヌにそう誓うと、ベルナルドはララにそっとブランケットを掛けてあげた。

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