マッチョの家
尾八原ジュージ
東くんの話
東くんはいわゆるヒョロガリだったが、頭の中だけは脳筋に近いものがあった。
高校一年の夏を目前にどうしてもマッチョになりたくなった彼は、「タンパク質をとるといい」という言葉だけを頭に刷り込まれ、学校の帰りにコンビニでサラダチキンなどを買い食いするようになった。そして、そのために昼食代を削ってさらにガリガリになった。
東くんは買い食いをやめた。それでどうしたかというと、廃屋に通い始めた。
「もうマッチョの霊を憑依させるしかねーと思うんだよな」
大真面目な顔で言う東くんは、脳筋というか単に頭が残念な男だった。
その廃屋、近隣ではちょっとした心霊スポットで、その名も「マッチョの家」という。その昔地元のヤンキーが忍び込んだところ、家の一室にトレーニングマシーンだのダンベルだのが所狭しと置いてあった――というのがそのネーミングの由来らしい。なんともいい加減な話だが、一応深夜になると人魂が飛ぶとか男の声がするとかいう噂はあるので、もしかしたら本当に家主のマッチョが霊となって留まっているのかもしれない……。
などと冗談半分で僕は考えた。東くんには言わなかったけれど。
そんなわけで東くんは一ヶ月ほどマッチョの家に通っていたが、あるときからふっとそれをやめてしまった。
「もうあそこ行ってないの? なんで?」
尋ねると、東くんは「もういいんだよ」と言いながら学食の定食に白い粉を振りかける。
「なにそれ」
「プロテイン」
「摂り方合ってる?」
東くんは「いいんだって」と答えて、ガツガツと生姜焼き定食を食べ始めた。
「もしかしてしたの? 憑依」
冗談のつもりでそう言うと、東くんは急にニヤッと笑った。突然別人になってしまったような見たことのない笑顔で、気味が悪かった。
それからしばらくして、東くんは学校に来なくなった。僕は学校の宿題とプロテインバーを持って彼の家を訪れた。
「あの粉プロテインじゃなくてさぁ、遺灰をさぁ、持って帰って食ってたんだよ」
東くんはそう言って体を揺さぶった。「だってそうしろそうしろって、あいつがさぁ、すげぇ言うからさぁ」
ぶつぶつと繰り返す声がだんだん低くなる。やがて東くんはまるっきり別人のような低音で「そうしろってそうしろって」と言いながら、ボロボロの畳をむしって口に入れ始めた。
僕は逃げた。家から出て後ろを振り返ると、肥大化し始めた顔を押しつけてこちらを睨む東くんの姿が、二階の窓の向こうに見えた。
以来、彼には会っていない。
マッチョの家 尾八原ジュージ @zi-yon
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