【KAC20235】筋肉幽霊
武江成緒
筋肉幽霊
「この明治の
「しかもまた、その名称たるや、筋肉幽霊ときたものだ。
迷信よりは流言
ずいぶんと長い物言いのあとに、ただぜいぜいと息をつく苦しげな音だけが続くので、足を止めてふり返れば、案の定、
U県南東、
おなじ年に制定された町村制にて定められた村域内でも、志柴はひときわ奥まった里で、瀬戸内の海に面してそれなりに開けた村の中心からは、この細い山道ひとつでつながっている。
そんな
たまたま村の学校に教師として赴任していた竹馬の友たる私を頼ってきた記者、つまり私の昔なじみのこの細井という男は、最後に会った時よりも
これも旧友への義理だと、休日を費やし、問題の集落にむけて山道を案内しながらも、腐ったとしか言いようのない彼の態度と、それ以上に足どりを遅らす相変わらずの虚弱さに、私もいささか閉口していた。
この山道が、
「何のことはない。
三時間ほどもかけ山道をのぼり、ようやくついた志柴の集落。達成感などかけらも見せず、この寒村をののしるごとくに彼は大声をはり上げていた。
「“
それが近年の県の開発で、こんな山奥まで往来するようになった町の者が、何かのはずみで“肉筋の幽霊”をひっくり返して“筋肉幽霊”などという名を編み出したんだ。
こんな
この取り合わせの
一気にまくし立てた細井はしかし、これまでの山歩きで
幼いころから体の弱い男であった。
私と細井のふるさとはU県の中央にあたるこれまた
鍬を持ちあげることも叶わぬ小柄な細井は、悪童どもの格好の
徴兵検査で入営できぬ恥辱を重ねながらも、聡明といえた頭脳によって大阪の大学へ進学したが、大成せぬまま戻ってきて、やっとのことで創刊直後の田舎新聞に拾われた。
都会で成功しえなかったのは虚弱さに加え、それがゆえに
そんな惨めな友の姿は、不快さや軽蔑の念を通りこして、ただひたすらに
こんな
ただでさえ
せめて私も共に泊まってやれれば良いのだが、今日のうちに下山して明日は出勤せねばならぬ身であればそれも困難。
どうか自身の身を案じて再考してくれと、そう頼んだのが悪かった。
おのれの身体の貧弱さをあなどられていると、そう解釈した細井はいたく
帰りぎわ、集落の者を一人つかまえて五十銭銀貨をわたし、友の身の安全ををどうか図ってやってくれと頼んだが、その
そう言えばこの志柴の集落の者たちは、誰もかれもが細井とそう変わらぬほどに痩せて小柄で、始終なにかに
真の恐怖を味わったのは、その深夜の丑の刻、あるいはおよそ午前二時を回ったくらいのことであった。
どん、どん、どん、と、私が下宿している村長の家の
どどどどどどどと廊下を雄牛が突き進んでくるかのごとき
なんとか燭台に明かりをともしたその瞬間、ばぁん、と
大胸筋、腹筋、上腕筋、大腿筋。そのほか医学書に記載されているのであろう、ありとあらゆる部位の筋肉をはち切れんほどに
何よりも、ひときわ巨大に盛りあがった僧帽筋に包まれた首の上に
その筋肉を余すところなく駆使して、おそらくは一時間とかけることなくあの山道を踏破してきたその余熱と。
長年の劣等感を綺麗さっぱり
膨大な筋肉そのものの発する精気と言おうか妖気と呼ぼうか、得体の知れぬ気迫とでもって、汗に濡れながらまさに輝く笑顔に満ちた細井の顔。
“筋肉幽霊”なるその怪異にとり
【KAC20235】筋肉幽霊 武江成緒 @kamorun2018
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