満天の 星に願うは 終の栖【KAC2023:深夜の散歩で起きた出来事】

汐凪 霖 (しおなぎ ながめ)

夜半からの散策では思索に沈む

 ──星は天をめぐっているのよ。


 その言葉を聞いたのは、いつどこで、誰からだっただろう?


 記憶の奥深くに溶け込んで、さまざまな知識や経験と混ざり合ってしまって、もう、もとのそのままでは なくなっている。だから、もしかすると実際に この耳で聞いたわけではなかった。ということも、あり得る。読んだ本の文だったか。或いは観た映画の台詞か。


 脳髄には宇宙が広がっている。

 だから、私たちのいる太陽系も、誰かの脳髄に属しているのかもしれない。

 だとしたら、この記憶は、私のものではなくて。

 脳髄の持ち主のもの?


 草木も眠る静かな夜。

 街では兎も角、このような山深い人里はなれた場所では。

 満天の、降り注ぐ星々に覆われる。

 圧倒されてしまう数の光。


 傷ついた心が未だに抱える苦しさが、社会という生活の場で負った深手が、誰もいない深夜の山道では、たしかな輪郭をも薄れさせていって、やがては遥かな向こうに遠ざかる。

 最初から、自分のものではないように。


 祖父から相続した山中の家は、もう、誰もいない。


 生きることに疲れていた私は、片付けを口実に、ひとりで滞在し始めた。

 それから三日。

 作業は遅々として進まず、こうして夜が更けてから散歩に出る。


 自然の音しかない、この場では、苦痛を感じるようなことは何も起こらない。

 誰にも声をかけられることなく。

 誰をも思い出すことなく。

 ただ、広い世界に点として存在する自分が、まわりとの境界を滲ませて、じわじわと、ぼやけていく。インクの文字に涙が落ちたみたいに。読めなくなる。歩を進めるごとに淡く。


 道なりに行けば、大楠に辿り着く。

 その木にこの身を吊るしたとしても。

 きっと、誰にも見つからない。

 毎晩、そんなことを思い。

 ぼんやりと星空に黒々と枝葉を広げる大楠を見上げて。

 そうして陽が昇る前に散歩を止めて帰路に着く。


 だが、今宵は。

 先客がいた。


 ぶらり、ぶらり。


 あれは誰。


 あれは。


 ──私?



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