深い夜に月明かり

淡島かりす

そして見上げた月は丸かった

 月の明るい夜だった。微妙に欠けた月が近所の団地の上に浮かんでいるのを右手に見ながら、私は多くの車が行き交う国道沿いに歩いていた。

 街灯は明るいし、通りの見通しも良い。今からどこかに行くのか、それとも帰るのかわからないが、車の数だって少なくは無い。なのにどこか淋しさと不安を感じるのは、歩いているのが私だけだからだろう。今ここで私が転んでしまったとして、気付く人間はいない。誰しも自分の視界の外にあるものには無関心だ。そこに何かあったなと思っても、それが何かなんて気にしない。

 そんなことを考えていると、右手に持っていたスマホが震えた。画面には登録しているSNSの通知が表示されている。さっき投稿した写真に対するリプライだった。タップしてアプリを開く。


『えー、もう深夜だよ。気をつけてね』


 そんな当たり障りのないメッセージが妙に心強い。写真には『バイト長引いたー。自転車壊れたから徒歩』と書いたから心配してくれたのだろう。


『ありがとう。いつもと違って歩きだから色々新鮮』

『そうなん? そういう時って気をつけた方がいいって言うよね』

『何に?』

『わかんないけど』


 なにそれ、と笑った。こういう適当なやり取りが、深夜のSNSという感じがして良い。でも確かに気をつけるべきなんだろう。一応、若い女なわけだし。時間も時間だし。

 街灯の下で後ろを振り返った。同時に真横を通り過ぎた赤い車が瞬く間に小さくなっていく。やっぱり私の他に歩行者はいない。とりあえず安堵のため息をついた私を細い月が笑っているように見えた。意味もないのに睨みつけ、すぐに恥ずかしくなってやめる。月から顔を反らすついでにそのまま身体を左に捻って元の向きに戻る。いやホント、何をしているんだろう。

 さっさと帰ろう。そう決めて道を急ぐ。街灯から離れた私を手助けするように、月明かりが私の影を真っ直ぐ前に伸ばしていた。

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