3-4 取引と宿題と引退配信
それから聴谷たちはちょっとした取引をした。
「あんたは天津ミラについて調べる。”あんたは”と言ったが、厳密にはひとの力を借りても良い。それで、あんたが考えたことを教えてくれよ。そしたら、わたしは天津ミラがどこにいるかも教える」
また一曲歌い終えた後で、乃木はそう言った。
「分かりません」
と聴谷は正直に言う。
「そうしなきゃいけない理由も見つからないし、そうしたところで、あなたに何か得があるんですか」
「どちらかと言うと、親切心からだぜ」
「だとしても――」
そう口に出して、フ、と冷める自分がいた。
魔法少女にかき乱されるのはもうごめんだ。彼女らに指示されるのも嫌だった。しかし、そんな感情で、言い争おうとしている自分が突然馬鹿らしくなった。
乃木は続ける。
「これは善意からくる宿題なんだよ。あんたは天津ミラについて調べなきゃならない。もちろん、そんなことにはわたしに得なんてないさ。だから、ちゃんと見返りとしてある情報も用意してある」
「それは?」
そう尋ねてしまっている。
「そいつはあんたが宿題を終えてからだな」
聴谷は内心舌を鳴らした。
あの天津とかいう女との最初の出会いもそうだった。核心に触れることは何も言わない。思わせぶりなことを言うだけだった。それもまた魔法少女の性質なのかもしれない。ついていけなかった。
「わたし、帰ります」
「いや、待った」と言いながら、乃木は寄ってくる。「連絡先を交換しよう」
それは彼女にしては現実的でまともな提案だった。
・・・♪・・・
そんなわけで、聴谷は図書館にいた。
天文台と並んで、自分のいるべき場所。
ここに来たのは、まだ時間があったからだ。
結局、魔法少女の言う通りになっている。癪だった。
聴谷はいつもより荒々しい歩調になっていることに気づいて、立ち止まった。
深呼吸をする。
これから調べ物をしなければならないのだ。心が乱れていては困る。
何か物について調べるということは、星座を作ることに似ている。インスピレーションとコンステレーション。退屈な手続きだ。各要素は何万光年も離れている恒星のようなものを、重ね合わせて、ひとつの図柄を作る。そして、その図柄に対しての解像度を上げていく。
彼女はこの手続きをスキップできないかと考える。
答えは決まっていた。
できない。
まず聴谷はレファレンス・カウンターに寄った。ほとんど何も知らないことを調べるには、ガイドが必要だ。
「ある魔法少女について調べたいんです」
「誰についてですか?」
「シェリミラ」シェリラギの例から類推すると、それが彼女の魔法少女名だろう。「あるいは、天津ミラ、です」
「少々お時間いただきます。一通り揃いましたら、このカードでお呼びしますので」
そして彼女は一枚のカードを受け取る。時間が来たら点滅する仕組みだ。
辞書のコーナーで魔法少女について引き、図鑑や雑誌のコーナーを見た。そういう初心者的なところからアクセスを始める必要がある。頭の中に関連情報をとにかく詰め込むこと。『はじめてでも分かる魔法少女』という本を手に持って、彼女は次の書架へと向かう。
魔法少女大辞典や分厚い活動記録も開いてみたが、天津ミラ=シェリミラの記載はなかった。よほど新しい魔法少女なんだろうな、と彼女はあたりをつける。
魔法少女が人類の歴史に登場したのは、今から30年ほど前とされている。最初に観測されたオーディション・ウェーブがその頃だからだ。魔法少女対怪人の構図は、はじめは外見的特徴からなされた。人型か、異形か。次に精神的な分類があり、最終的に――現代では、この分類を変えようとする動きがある。
「変身したからと言って、善い者と悪い者が決まるわけではありません」と『はじめてでも分かる魔法少女』には書かれていた。「すべては行動と、日頃の心持ちで決まるのです」
ふうん、それで――と聴谷の中で腑に落ちる部分があった。先ほど医療のコーナーを通り過ぎたが、「変身病の治し方」というワードを見かけた。オーディション・ウェーブがいつ人を舞台に押し上げるか分からない以上、常に心の準備はしておかなければならない。言われてみればその通りだった。
次に開いたのは、『新進気鋭の魔法少女特集』と書かれた雑誌だ。発行は去年の九月。そこには魔法少女の写真と簡単な説明が書いてある。目次から検討をつけて開けば、天津ミラがすぐ見つかった。
天津ミラの生年月日、身長と体重、好きな食べ物、苦手な食べ物――そういった情報が並んでいる。魔法少女としてデビューしたとはいえ、そういう風にカタログ化されていることに、聴谷は少し居心地の悪さを覚えた。
こういった情報が全世界に向けて公開されているのか。
これでは、動物園にいる動物と変わらないではないか。
能力――分身を作り出すこと。0.5秒ごとに一体作り出せる。最大で12体。最長移動距離は100km、それ以上は分身が消えてしまう。
ということは、あのショッピングモールを中心にして、100kmの圏内に彼女の本体はいたということになる。
100km。
聴谷は頭の中で地図に円を描いた。該当する街はいくつかあるし、その中には大都市も含まれる。しかし、それ以上は判断できなかった。結局のところ、乃木の持っている情報を頼るしかなさそうだ。
ふと見ると、レファレンスの呼び出しカードが点滅していた。
彼女は雑誌を元の場所に戻してから、カウンターに向かう。
「特定の人物について調べるとなると、難しくなります」と司書のお姉さんは言った。「しかも、お探しの情報は最近の魔法少女についてですからね。新聞記事、雑誌、そういうものでなければ、ネットの方が良いでしょう」
インターネットでの検索、それが聴谷には苦手だった。真偽が不確かな情報のいかに多いことか。もっとも、本や雑誌についてもその可能性は排除できない。
「私共のサービスでは、ネットをあたることもできます」と声を潜めて彼女は言った。「ただ、それに強い者が今休憩中でして」
ルリさんのことか、と聴谷は思った。
「待ちます」と彼女は答えた。
自分から探しに行った方が早いし、どこにいるかも検討がついているが、心の準備をしたかった。乃木と話している時に、彼女のことを省略したことが気に掛かっていたのだ。いろいろ世話になっているし、書架番号44xの絆もある。それなのに、どうしてあんなことをしたのか、聴谷には今になって分からなくなっていた。
しばらくして、三川ルリがやってきた。
「話は聞いた」
そして聴谷に大学ノートを差し出してくる。
「ありがとうございます」
受け取ろうとするとかわす。
「ここまでする必要、ある?」
「……正直なところ、分かりません」と聴谷は答えた。「乃木さん――ショッピングセンターでわたし達を助けてくれた魔法少女が、宿題だって」
「わたしは助けられていない」と三川は言う。「わたしならなんとかできた」
「それは――」
「魔法少女の言いなりになってる」
事実だった。
「わたしだって好きで調べてるわけじゃありません」と言ってみる。
「でも憎んではいない」
「それは……」
確かに迷惑はかけられている。けれども、憎むという発想はなかった。
「それはそうです」
「わたしは憎んでいる。魔法少女は敵だ」
「どうしてですか」
三川は答えない。「……わたしは迷っている。魔法少女の手先になりかかっているナノちゃんに、これを――」ノートを振りながら「――渡すべきかどうか」
「おねがいします」
三川はしばらく聴谷を見つめた。
逡巡の色がそこにある気がした。
やがて彼女は胸ポケットに手をやりながら、もう片方の手でノートを机に置いた。
「結局」大きなため息をつきながら、三川は去った。「断れないんだ」
ノートには、天津ミラの活動記録が記されていた。魔法少女として事件を解決した日時と配信日時、それぞれの大枠が記されている。新聞や雑誌の切り抜きもあった。三川ルリは彼女について相当研究していたようだ。
ノート自体は割と新しめで、三川が天津ミラを調べ始めたのは最近だと思わせる。この時代にアナログな、と聴谷は思った。そこには何らかの企図があるような気がしたが、よくは分からない。たとえば、もしもの時に燃やすとか? などと考えてみる。
日時の前にはいくつかマークがついていて、そのうち花丸のついたところからチェックしていくことにした。
パソコンで彼女の言う通りのリンクを開く。ある動画サイトにアップロードされた、過去のインタビューだった。去年の四月。ノートの概要によれば、初登場時の活躍についてが語られている。巨大な怪人を数の利を活かして倒したとか。
まだ幼さの抜け切らない顔。キラキラした目。どこか不釣り合いな鎧。
すべてが眩しかった。
次に花丸のついていたのは、去年の九月のインタビューだった。夏休みが終わったあとすぐのものらしい。ノートには、「シェリミラ、パートナーを喪う」と書かれた記事のコピーが貼ってある。
魔法少女にとって、パートナーの消失は様々な後遺症を残す。精神的な喪失のみならず、変身能力の喪失、固有能力の減退――
だとすれば、これは引退配信だ。
「みんなも知ってると思うけど」と彼女は言った。「わたし、戦えなくなっちゃったんだ。能力も衰えているし、ここら辺が潮時かなって」
それから、彼女は今まで応援してくれたことの礼を述べ、活動が楽しかったこと、後悔の念を告げた。
それくらいの情報なら、新聞やら雑誌でも確認できる。けれども彼女の配信には何か惹きつけるものがあった。メメント・モリ、と聴谷は思う。決して天津ミラ自身が死にゆく者ではないにしろ、彼女の色褪せていく気配があった。
なんとなく、聴谷はユベール・ロベールの絵画を思い出した。
最後に彼女は歌を歌った。それは彼女が一枚だけ出したシングルらしい。声がひとつ増え、ふたつ増え、三人分の声のままでしばらく彼女は歌っていた。それが一人減り、二人減り、彼女が本来の一人になったところで、歌は終わった。
・・・♪・・・
引退した魔法少女にキスされて好きになるとでも思った?(仮) 織倉未然 @OrikuraMizen
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