第8話 騒音を怒る人を怒る人・Ⅱ


 三島 「先輩、ファイト。

  ここから逆転です!」

 まるで分かっていない三島が、両拳を握りしめ、生真面目な顔で言う。

 後では、「なんまんだぶなんまんだぶ」と、老婆が耕平を拝んでいる。


 耕平は観念したように息を吐いた。

 耕平 「はいはい、視聴料ね。

  で、今までどれぐらいの期間、

  騒音をまき散ら……あ、いや、

  音楽を御近所に提供してきたの?」


 鎌田 「そろそろ、三年かな」

 耕平に問われた鎌田は、笑みを浮かべて答える。


 耕平 「おお、凄いね。

  作詞作曲は?」

 鎌田 「それは、まだだけど、

  いずれはオリジナルで、

  デビューする予定なのさ」

 耕平 「なるほど。

  プロ歌手の曲をカバーしてるんだ」

 耕平は「うんうん」と頷く。


 三島 「先輩、守勢ですか?

  厳しいですか?」

 三島が不安そうな顔になる。


 耕平 「この家の裏で、

  コインパーキングをしてるんだってね。

  繁盛してるのかい?」

 耕平は、三島を無視して鎌田に問う。


 鎌田 「駅が近いからね」

 耕平 「それだけじゃないだろ。ん?

  やっぱり、君のギターと歌声が、

  集客効果をあげているんじゃないのか?

  コインパーキングに流れる

  最高のBGMだろ」

 耕平が、笑顔で鎌田を持ち上げる。


 鎌田 「ブラザー!

  やっとボクの歌を理解してくれる人に、

  巡り会えたのさ!」

 感激した鎌田が、両手で耕平の手を握りしめようとしたが、鋭くチョップして撃退する。


 鎌田 「……」

 ショックを受けた顔になる鎌田。


 耕平 「オレも

  さっき、少しだけ聴かせてもらったから、

  視聴料を払うわ」

 耕平が、門柱の上に設置されたカエルの貯金箱に、小銭を入れた。

 チャリンと音が鳴る。


 鎌田 「ブラザー!」

 再び伸ばしてきた鎌田の手を、耕平が鋭くチョップして撃退する。


 鎌田 「……」

 再びショックを受けた顔になる鎌田。


 耕平 「近所の人たちは、苦情を言うけどさ、

  もしかして、歌に理解のある通りすがりの人間が、

  きみの曲に聞き惚れて、

  けっこう視聴料を入れていったりしてないかい?」


 鎌田 「……え? あ、そ、そう!

  そうなのさ、ブラザー!

  分かる人は分かってくれるのさ!」

 一瞬、ポカンとした鎌田だが、慌てて何度もうなずく。


 耕平 「と言うことは、

  きみのギターと歌は、

  すでにビジネスとして成り立ってるから、

  あまり邪魔をすると、

  営業妨害になりかねないね」


 鎌田 「そうだよ。

  そうなんだよ、ブラザー」


 三島 「ブラザー!

  一体、どっちの味方なんですか!」

 老婆 「裏切りじゃ、おのれは裏切り者じゃ」

 三島が非難し、さっきまで拝んでいた老婆が杖を振り回す。


 耕平 「三島、

  ジャス○ックに電話せい」

 三島 「ジャス○ックって……」

 耕平に命じられて、三島がキョトンとした顔になる。


 耕平 「音楽著作権協会。

  お前もネットや週刊誌で、

  見聞きしたことがあるやろが」

 耕平の口調が関西弁になっていく。


 三島 「え、ええ……。

  喫茶店でCDを流していたり、

  パーティーでピアノを演奏したりすると、

  著作権料を取り立てに来るって言う……」


 耕平 「それや、それ。

  無断で音楽を使用して、

  利益を発生させよったら、

  えげつない追い込みをかけてくるみたいやで」


 耕平は、鎌田に視線を向けた。

 耕平 「兄ちゃん、あんた、

  コインパーキングのBGMとして、

  歌たっとったんやったら、

  営利目的になるやろうし、

  そもそも、カエルで視聴料を取ってるしなあ」


 鎌田 「へ?」

 鎌田の顔が引きつる。


 耕平 「三年かあ……。

  けっこうな金額になるかも知れんなあ。

  駐車場の利益から算出するのか、

  敷地面積からか、演奏時間からか、

  そこまでは知らんけど、

  積もり積もった著作権使用料を覚悟せんとな」

 耕平は「気の毒になあ」と言いながら頷く。


 耕平 「そや、もしかしたら、

  ご近所のみなさんも、

  ホンマはカエルの貯金箱に、

  視聴料を支払ったことがあるのと違ゃいますの?」


 「百万!」

 「三百万払ったわ!」

 「わしは五百万!」

 「一千万!」

 「三千万じゃ!」

 オークション会場のように叫ぶ住民たち。


 耕平 (鬼か、こいつら……)

 耕平が少し引きつる。


 鎌田 「な、なにを言ってるのさ。

  そんなもの、一度だって……」

 抗弁しようとする鎌田の首に耕平が手を回し、グッと引き寄せた。


 耕平 「なあ兄ちゃん。

  オレもたいがいイラついてんねや。

  何が哀しゅうて、休みの日ィに、

  こないなことに巻き込まれなアカンねん」


 耕平 「歌いたいんやったら

  スタジオ行け、窓閉め、

  人の迷惑ならんようにせい」

 耕平の額にぴくぴくと血管が浮き上がり、悪魔の笑みに変わっていく。


 耕平 「まだガタガタぬかすんやったら

  だーれも来うへん砂浜で

  首まで埋まって歌ってみるか?」


 鎌田 「う、埋まって……」

 鎌田の顔が恐怖に青ざめる。


 耕平 「縦に首まで埋められたらな、

  周りの土で体が圧迫されて、

  息ができへんようになるらしいで。

  怖い話やのう」


 鎌田 「い、いや、その……」

 縦に埋められた人間をイメージして、顔を強張らせる鎌田。


 真っ青になって細かく震える鎌田に、耕平はいつもの穏やかな顔に戻って言う。

 耕平 「今のが、オレのオリジナル曲」


 耕平が鎌田を解放する。

 鎌田 「き、曲?」

 顔を引きつらせる鎌田。


 耕平 「そう。

  イントロの『語り』の部分やけどな。

  タイトルは、そうだな……。

  『どっちにすんねん。はっきりしたらんかい』かな。

  どう、感想は?」


 鎌田 「あ……。はい。

  う、埋めるのは、勘弁してください。

  これからは静かにします」

 うなだれて答える鎌田。


 鎌田の言葉に住人たちが「おお!」と歓声をあげる。


 老婆 「天にまします我らの父よ

  願わくは御名をあがめさせたまえ

  御国を来たらせたまえ

  御心の天なるごとく……」

 耕平に対して、清らかに祈る老婆。


 三島 「先輩、さすがですね」

 三島が嬉しそうな顔で近寄ってきた。


 三島 「でも、今日は、

  悪魔のフレーズが出ませんでしたね。

  ちょっと抑えめだったんじゃないですか」

 へらへらと笑って言う。


 耕平 「お前のためにとっといたんやがな。

  こないなところに連れてきやがって……」

 三島 「へ?」

 耕平が笑みを浮かべ、三島がキョトンとした顔になる。


 耕平 「もう我慢せんでエエやろ。な」

 耕平の笑みが、悪魔のように怖くなった。


 三島 「え? へ? えええ……」

 恐怖で顔が引きつり始める三島。


            End


 一応、これで完結です。

 『ピンポ・ダッシュに怒る人』と言うのもあるのですが、ちょっと評判が悪いようなのでボツにしました^^;

 また、何か、思いつくような体験をしたら、新作を書くかも……です。

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怒る人 ~ もう我慢せんでもエエやろ。な ~ 七倉イルカ @nuts05

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