第7話 騒音に怒る人に怒る人・Ⅰ


 昼。ファミリーレストラン。


 耕平 「久しぶりだな、三島」

 耕平が穏やかな顔でボックス席に座る。

 耕平 「で、相談ってなんだ?」


 三島 「いよいよです」

 対面に座る三島が訴える様に言う。

 二十代後半。どこか天然っぽい雰囲気。

 耕平はジャケット。三島はラフな私服姿。


 耕平 「いよいよ?」

 意味が分からない耕平。


 三島 「対決です」

 耕平 「対決?」

 ますます意味が分からない耕平。


 三島 「安城先輩に

  成敗してもらいたいヤツがいるんです!」

 耕平 「成敗だぁ!?」

 真剣な顔で突拍子もないことを言われ、耕平が笑い目を強張らせて問い返す。


  ◆◇◆◇◆◇◆


 午後。住宅街にある古い木造二階建て住宅。


 私道に面した二階の窓が大きく開かれ、その窓枠に、黄色のモヒカン刈りに鼻ピアスの若者が腰かけ、フォークギターを弾きながら歌っている。

 若者 「いつま~~でも、その手のな~~かに

  笑いたくて、会いたくて、泣きたくて♪」


 それを路上から見上げる耕平と三島。

 耕平 「何だ、あの、

  奇天烈なヤツが歌う、

  情緒不安な歌は?」

 耕平が呆れた顔で言う。


 三島 「この家の一人息子です。

  本人はシンガーソング・ライターとか言ってますけど、

  どうみても、ただの無職です」

 三島が力説する。


 三島 「親が、この家の裏手に、

  コインパーキングを持っていて、

  食うには困らないから、

  好き勝手に暮らしているんです」

 耕平 「気楽なもんだな。

  あやかりたいもんだ」

 力のこもっている三島とは対照的に、のんびりと答える耕平。


 三島 「し、四六時中、

  ああやって窓を開けたまま、

  ヘタクソな歌をがなり立てやがって!

  こ、こっちはイライラして、

  頭が変になりそうなんですよ」

 怒気を表して、三島が訴える。


 三島 「さあ、先輩

  なんとかしてください!」

 三島が若者の家を指さす。


 耕平 「なに、三島。

  お前、そういう用件でオレをここまで、

  引っ張ってきたのか?」

 耕平が信じられないと言った顔で三島を見る。


 耕平 「警察に行け。

  役所に行け。

  間違ってもオレを呼ぶな」

 耕平が苛立った顔で、三島を睨む。


 三島 「何回か行ったんですけど、

  警察が注意をしても、

  本人は表現の自由だとかで反論して、

  役所も規制するほどの

  音量に達していないとかで、

  頼りにならないんです」

 困った顔で返す三島。


 耕平 「だからと言って

  オレに頼るな……。ん?」


 と、耕平が気づくと、周囲にぞろぞろと近所の面々が集まってきていた。

 老人。

 老婆。

 くたびれた中年男性。

 寝起きなのか、ややだらしない姿の女性。

 赤ちゃんを抱っこした主婦などである。


 「三島さん、この人かい?」

 「この人が、あのバカタレを

  退治してくれるのかい?」

 すがるような顔で耕平を囲む住人達。


 老婆は「ありがたやありがたや」と耕平を拝んでいる。


 三島 「みんなも期待しています」

 目をキラキラさせながら耕平を見つめる三島。


 耕平は三嶋の首に手を回して引き寄せ、小声を出す。

 耕平 「ふざけんな。

  注意したら、キレて、

  刃物を振り回すようなヤツだったらどうすんだよ」


 三島 「あ、そういうのは無いです。

  暴力的なヤツじゃなくて、

  先輩の分野で、対応できるヤツですから」

 三島は気楽に答える。


 三島 「おーーい、鎌田さん。

  ちょっと降りてきてよ」

 三島は二階の若者を見上げて声をかける。

 鎌田と呼ばれた若者は、キョトンとした目を路上に向け、演奏を止めた。


  ◆◇◆◇◆◇◆


 鎌田 「あんたたち、さっきから

  人の家の前で、何してるのさ?」

 怪訝な顔で玄関に出できた鎌田は、まだギターを手にしている。


 三島 「さあ、先輩」

 三島が満面の笑みで、耕平をうながす。


 耕平 「え~~、鎌田さんだっけ?

  近所の人たちが迷惑してるようだから、

  せめて窓を閉めて練習するとか、

  そういうことをしたらどうかな?」

 耕平が仕方なしに話をする。


 鎌田 「誰? 弁護士?」


 耕平 「いや、三島の知り合いなんだけどね」


 鎌田 「あのさ、第三者が

  表現の自由に口出しするのは、

  どうかなと思うわけよ」

 鎌田は、両手をオーバーに広げて言う。


 鎌田 「そもそも

  迷惑って言うのはおかしいのさ。

  本来なら聞き惚れるはずなのに、

  周辺住民の芸術的センスの無さが、

  それを邪魔しているのさ」


 鎌田 「だから、こそ

  ボクの音楽を聴き

  芸術的センスを磨くことが必要なんだよ。

  むしろ感謝してほしいのさ」


 耕平 「マジか?

  本気で言ってるのか?

  スゲーな、おい」

 鎌田の持論に、耕平が目を丸くする。


 女性 「冗談じゃないわよ!」

 中年男性 「夜勤なのに、

  うるさくてオチオチ眠れないんだぞ!」

 主婦 「あんたのヘタクソな歌が聞こえると、

  赤ちゃんが起きるのよ!」

 老婆 「ヌカが腐るわい!」

 住民たちが一斉に苦情を言う。


 鎌田 「それは、やっぱり

  ボクのギターと歌を聴いているって

  ことだよね」

 鎌田は、妙に自信のある笑いのままで言う。


 鎌田 「それじゃあ

  視聴料を払ってもらわなくっちゃ」

 鎌田が家の門柱を指さた。


 見ると『鎌田』と表札のかかる門柱の上に、カエルの貯金箱が鎮座している。


 耕平 「視聴料?」

 耕平が怪訝な顔になる。


 鎌田 「あなたさ、N○K知ってる?

  勝手に電波飛ばして、

  テレビを持っていれば、

  見てようが見てますが、

  番組の内容に不満があろうがなかろうが、

  受信料の支払いを迫ってくるのさ」


 鎌田 「つまり、

  みなさんの耳は、テレビアンテナ、

  ボクの歌声は、放送電波と言っても、

  過言では無いのさ」

 鎌田が自分に酔うように、変なポーズで空を見上げて言う。


 三島 「先輩、手強いですか?」

 鎌田の理屈に呆気にとられる耕平に、三満が少し心配そうな顔で囁く。


 耕平 「っーか、三島。

  お前、オレの分野がどうこうって言ってたな。

  お前には、オレがああいう風に見えてるのか?」

 耕平が情けない顔になって三島に訴える。


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