第6話 猫の立ち位置に怒る人・Ⅱ


 ヤンママ 「子供のしたことで、

  そんなに大声を

  出さないでくれませんかあ」

 女性の剣幕に対し、面倒臭そうに髪をかきあげ、挑発するような表情と言葉で返すヤンママ。

 服装は派手。髪は茶髪にしている。


 ヤンママ 「ウチでは、

  叱らない教育をしていますの。

  子供のトラウマになったら、

  責任とってくださるのかしらねえ?」


 女性 「あ、あなたの子供が、

  ウチのチーコちゃんを

  鉄砲で撃ったのよ」

 女性の腕に抱かれたネコが、「なーー」と鳴き、前脚で自分の顔をかく。


 女性 「ふん。大袈裟な。

  たかだか子供のおもちゃじゃないの。

  それに、ネコでしょ。ネコ」

 嘲笑うヤンママ。


 沙也 「おいおい

  またモメてるよ、あの人」

 カオリ 「でも、今度は

  あの人が、可哀想な感じ」

 少し離れた場所で立ち止まった二人が囁き合う。


 女性 「ネコなんて気安く言わないでちょうだい。

  チーコちゃんは、私の大事な家族なの」


 ヤンママ 「ネコが家族だなんて、

  バカバカしい。

  ただの小汚いネコじゃないの」

 ヤンママが「はははは」と笑う。

 

 そのヤンママの後から顔を出した子供が、「バン!」と言いながら、また銀玉鉄砲をネコに向かって撃った。


 ビシッと猫の額に銀玉が当たり、ネコが「うぎゃっ」と悲鳴をあげる。


 女性 「チーちゃん!」

 女性が悲鳴をあげる。


 カオリ 「やだ!」

 沙也 「ひどい!」

 見ていた二人が思わず声をあげる。


 女性 「こ、この、

  なんてことすんのよ!」

 女性が手を振り上げた。


 その瞬間、沙也とカオリの後から、唸るような声が聞こえた。

 耕平 「もう我慢せんでエエやろ。な」


 ギョッとした二人の間を抜け、耕平が怒鳴りながら、女性とヤンママに近づいていった。

 鬼の形相になっている。

 耕平 「おのれが、

  たいがいにしとけよ!」


 耕平に気が付き、女性がギョッとした顔になった。

 女性 「あ、あなたには、

  関係ないことでしょ」

 女性が引きつった顔で叫ぶ。


 耕平はその女性を無視して、ヤンママに詰め寄った。

 耕平 「ただのネコやと、こら」

 耕平 「この人は、家族同然のネコさんと

  言うとるやないか」


 ヤンママ 「な、なによ!

  あなたに関係ないでしょ」

 ヤンママが驚いた顔になる。


 耕平 「おのれにとっては、

  ただのネコでも、

  この人にとっては大事な家族や」

 耕平 「その茶色の頭の中身は、

  そういう人様の気持ちも

  想像もできへんのか? ああ?」


 沙也 「うわぁい。

  さっきと言ってること真逆じゃん」

 カオリ 「ダブスタ……かな?

  でも、許す。

  おじさん、いけ!」

 二人がいつの間にか、応援するような目で耕平を見ている。


 ヤンママ 「だ、だって、あたしは

  ネコなんか飼ってないし……」

 耕平の迫力に押されるヤンママ。


 耕平 「飼ってなかったら

  想像できへんのか?」

 耕平 「それやったら

  周りの人に聞いてもらおか?」


 耕平は周囲にいる野次馬を見回しながら、大声で出し始めた。

 耕平 「うちの子供は、

  よそ様のネコさんを銀玉鉄砲で撃ちました。

  でも、子供のしたことだから、

  一切、謝りません。

  相手の人は、ネコさんが家族同然と怒ってますが、

  私の茶色く染めた頭では、

  何のことやら、さっぱり分かりまへん」


 演説のように言い終えた耕平が、顔を戻してヤンママを見る。

 耕平 「こんなふうに、

  言いふらしてほしいんか!」


 沙也 「いやいや、

  もう言ってる、言ってる」

 カオリ 「あれ、わざとだね」

 思わず笑みを浮かべる二人。


 周囲に集まっていた野次馬たちが、ヒソヒソと言葉を交わす。

 「ひどいわねえ」

 「みてよ、あの母親……」

 「このあたりの小学校の子かしら?」


 ヤンママ 「な、何なのよ!」

 周囲をキョロキョロと見る、ヤンママの顔が引きつる。


 子供 「ママをイジメるな」

 子供が、銀玉鉄砲を耕平に向かって連射した。


 耕平は飛んで来た銀玉を手で払う。


 それから、しゃがみ込むと、子供と視線の高さを合わせた。

 耕平 「こら、坊主。

  お前が、大事なママをいじめられて怒るように、

  このおばちゃんも、

  大事なネコさんをお前にいじめられて、

  怒っとるんや。

  それぐらい分かるやろが」

 子供 「……う、うん」

 怖がってはいるが、意外と素直に頷く子供。


 耕平 「ほな、どないすんねや」


 子供 「ご、ごめんなさい」

 子供が女性に頭をさげた。


 女性 「う、うん。いいのよ。

  もうしないでね」

 女性も耕平の行動に毒気を抜かれて、あっさりと頷く。


 ヤンママ 「あ、誤ったんだから、

  もういいでしょ!

  ほら、さっさと行くよ!」

 ヤンママは怒りに歪んだ顔で、子供の手を引いて去っていく。


 人波をかき分け、少し先で、ハイヒールを引っかけてスッ転んだ。


 女性 「あ、あの

  ありがとうございました」

 女性がおずおずと耕平に声をかける。


 沙也 「いいねえ、いいよ。

  あのおっちゃん、好きだわ」

 カオリ 「ホント。あたしたちも、

  ああいう旦那を見つけないとね」

 二人は憧れる様に、耕平を見ている。


 沙也 「奥さんも鼻高々だろうな」

 コウタ 「いや、そうでもないよ」

 すぐ横からした声に二人が驚く。


 コウタ 「第三者としたら、

  爽快でおもしろいんだろうけど

  身内だと、なかなか

  そう単純にはねえ……」

 コウタが耕平に視線を向けながら、難しい顔で言う。


 沙也 「……あの、ボクは?」

 不思議そうな顔で問う沙也。

 カオリ 「ちょっと、ほら」

 コウタを見る沙也を、カオリがつつく。


 沙也が目を戻すと、女性と耕平の立つところに、女の子を抱っこした女性がいる。

 ヒナを抱っこした塔子である。

 頭を下げる女性に、「いいんですよ」と笑顔で対応している塔子。


 そして、女性から離れた耕平は、塔子と共に、こちらに向かって戻ってきた。

 ヒナは「にゃんこさん、バイバイなのよ~~」と、塔子の肩越しに手を伸ばしている。


 沙也とカオリは、耕平は叱られることが分かっている子供のように、どこかオドオドとしていることに気付いた。

 塔子 「あなた、外で怒鳴らないって、

  何度も言ったわよね。

  近所の人も見てたのよ」

 ヒナ 「見ていたなのよ~~」


 耕平 「いや、その

  はい。申し訳ない……」

 肩を落として、塔子に連行されていく耕平。


 コウタ 「じゃあね、

  お姉ちゃんたち」

 コウタは二人から離れて、小走りで耕平たちに合流する。


 コウタ 「まあまあ、お母さん、

  誰も、お父さんが悪いだなんて

  思っていないって。

  むしろ、ほめている人もいるよ」

 塔子をなだめるコウタ。


 沙也 「……」

 カオリ 「……」

 呆気にとられて見送る二人。


   次回・騒音に怒る人を怒る人。

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