夜の終わりが白くなる
芦原瑞祥
海
白夜というのを見てみたい。
小夜子はそう言う。けれども僕は、夜が来ないなんてぞっとする、と思った。
お天道様が見ているよ。
子どもの頃によく言われたから、陽が出ている間は後ろめたいことができないと、無意識に刷り込まれているのかもしれない。
たとえば、夜の海に小夜子と共に飛び込むような。
僕と小夜子の仲は、親族から猛反対を受けていた。添い遂げられないなら来世で、というのが二人の結論なのだが、お互いに薄々気づいている。駆け落ちして、知らない街で働きながら生きていけばいいのに、なぜそうしないのか。
きつい肉体労働、満足に食べられない食事、着たきりの服。困窮ゆえにお互いをいたわることも忘れ、後悔や失望や憎悪がぐちゃぐちゃに入り乱れた感情をぶつけ合う。そうなるくらいなら、好き合う気持ちを永遠に閉じ込めて死のう。
つまりは耽美なようで逃げているのだ。
崖の上で二人、お互いの手首を紐でかたく結ぶ。波が岩肌にぶつかって砕ける音が聞こえる。
「来世ではきっと一緒になりましょうね」
最後の睦言を交わす。しかし僕は、今さら怖くなってしまった。
あの暗い海に飛び込むのか。水は冷たいだろう、息が出来ないのは苦しかろう……。
小夜子は僕の迷いを敏感に感じ取ったのか、腕を引いて無理やり飛び込もうとした。
僕はなんとか地面にとどまった。が、身を乗り出した彼女の重みで、縛った僕の手首もろとも崖の向こうへと引っ張られる。
悲鳴だけを残して、僕と小夜子は夜の海に墜落した。
気がつくと、僕と小夜子は砂浜に打ち上げられていた。
空には、間もなくお天道様が昇ろうとしていた。僕たちは、心中し損ねたらしい。
「……帰りましょうか」
そう言って小夜子は紐をほどき、僕の方を振り返らずに去っていく。
ぐちゃぐちゃの感情をぶつけ合うに足りなかった僕への愛が、すっぱりと断ち切られた瞬間を、お天道様が白々と照らし出していた。
夜の終わりが白くなる 芦原瑞祥 @zuishou
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