ある刑事の語り【KAC20233】
キロール
取調室にて
今度は俺が相手だよ。
ああ、そうさ、定年間際の爺だ。
ん? いや、そう言うのじゃねぇよ、俺は仏でも何でもない、完落ちさせる事なんて特に多くもないしがない
ああ、俺じゃあ役者不足も良い所だろうよ、アンタのような化け物相手にはな。
随分ド派手にやったもんさ、ホトケさんは目も当てられん状態だ。
何でそんな事できるのか、俺には皆目分からないねぇ。
……ははっ、うぬぼれるなよ、アンタは確かにホトケさんの尊厳も何もない程に壊した、俺の見たホトケの中でも十指に入る酷さだ。
でも、一番じゃない。
そんなにショックな事か? 理解できんよ。
まあ良いさ。
俺が一番ショックを受けたホトケについて話してやるよ。
なぁに、俺にとってこいつをアンタに語るのが最後の奉公ってもんだろうからな。
っと、そうだ。
アンタに差し入れだとよ、ファンだそうだ。
本来は缶コーヒーであっても差し入れなんて許さねぇんだけどな、まあ、俺もアンタに思う所があるからよ。
しかし連続殺人鬼にもファンが出来るんだから世も末さね。
ん? 一番の? ああ、あのホトケに会ったのはいたって普通の日の事だ。
うだるような暑さも、体の芯から冷え込むような寒さもない、何てことない麗らかな春の日差しが暖かな日。
一人の男が自殺したのさ。
……違うな、そいつの有様はまあ酷かったがアンタが作品と呼ぶ被害者たちよりは綺麗な物だったよ。
それも違うな、自殺した男は誰も殺してやいない。
敢えて言うならば愛するがゆえにあのホトケは生まれた。
……ははっ、アンタ、人を殺して作品として表現するアーティスト気取りにしては発想が陳腐だな。
そんなに怒るなよ、忌憚のない意見って奴さ。
ま、アンタのファンの差し入れでも飲んで落ち着いたらどうだい? アンタの好みに合わせて無糖だぜ? 手錠してあっても飲めるだろう? ふたを開けてやろうか?
さて、話を戻すが自殺した男は別に誰も殺していない、数年前に愛する妻を亡くしただけだ。
そうさ、それでタガが外れちまったんだな。
アンタみたいな偽の狂いじゃない、本当に狂っちまった。
……おい、兄ちゃん、ガタガタうるせぇぞ。話は黙って聞きな。
自殺したあの男はな、ただ死体を蘇生させただけだ。
理解できねぇて顔だな、まあ、そうだろうよ。
遺書に書いてあったのさ、
詳しくは知らんよ、太古より崇拝されてきた存在らしい。
そして儀式は成功した。
でも、それならば何故男は自殺せねばならなかったのか?
答えは簡単さ、
甦った男の妻の身体はぐちゃぐちゃだった。
身体は裏返り内臓と血管が脈動していたよ、だと言うのに目や鼻や口はあるべき場所には当然なく、てんでばらばらに存在していた。
当然動けず蠢くだけ。
そうだと言うのに各器官はしっかりと動いていた。
理解できるか? 俺はまだ理解できねぇ。
自殺した男もそうだったようだ。
或いは理解したからか、甦らせちまった責任を取らずに自分の行いの結果を見て逃げ出した。
あの妻の目を見りゃわかる、何処に脳があったのか定かじゃないが、随分と理性的な目をしていた。
だが、痛風じゃねぇがそれこそ空気が動くだけでひどく痛むらしく、端っこの方に付いていた口からうめき声が上がっていた。
ああ、その時はホトケじゃなかった。
俺がホトケにしたのさ。
姿かたちもそうだが、俺がホトケにした。
そりゃ、堪える。
発砲の許可を得ることなく撃った。
恐怖じゃないね、奴さんは死を望んでいたし、助けようがないことくらい一目見て分かった。
それほどにぐちゃぐちゃだった。
だから俺は俺の良心に従ったまでだ。
おかげで出世コースからは外れちまったが、お咎めは殆どなしだ。
そこにいたのは死んだ筈の自殺した男の妻じゃないって言うのが上の判断だったからな。
ただ貴重なサンプルを殺した事だけが問題だったって訳だ。
だから、俺に後悔はないよ。
芸術? はっ、寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ。
超常の者は……
これで俺の話はお終いだ。
……実は殆どの者は知らないが、自殺した男は儀式について詳細に書き記していた。
だからさ、アンタが死んだら使ってやるよ。
死刑はない? ああ、我が国には死刑はないな。
俺の方が早く死ぬって? そりゃ爺だしな。
でもよぉ、そのコーヒー飲んじまっただろう?
ファンって言ってたが、ありゃ被害者の家族だ。
帽子を目深にかぶっていたが、ありゃ三人目の被害者の息子だ。
……ああ、知っていたよ? でも、それが何だってんだ?
やった行いに報いが来る、それだけの話じゃねぇか。
はっ、言っただろう? 俺は定年間際の爺でな、いまさら一つや二つ不祥事を抱えたって精々退職金がおじゃんになる程度、いや、命を取られたって特に未練もねぇ。
そりゃ虫が良い言葉じゃねぇの? お前に向かって何人の被害者がそう言ったんだ?
吐く? やめとけよ、もう手遅れさ。
だって、お前……。
もう体がけいれんを始めているぜ? 毒が良い具合に回ったんだな。
さて、そろそろ応援を呼ぶか。
おーい、誰か来てくれ! 被疑者の容態がおかしい!
……なぁ、兄ちゃん。死に行きながら祈るんだな、
でも、俺が語った事件はたった十数年前の事だ。
超常の者が何かを覚えるには短すぎると、俺は踏んでいるんだがねぇ……。
だから、俺と同じ判断をしてくれる奴がいる事を祈るんだな。
じゃあな、連続殺人鬼。
次は死体安置所辺りで会おうや。
いあ、もるずぁるとわーぐ、あい、あい、あい……。
<了>
ある刑事の語り【KAC20233】 キロール @kiloul
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます