穴の底で少年は死体を積み上げる

やまおか

第1話

 両親が死んで、伯母の家に引き取られることになった。

 

 うちには子供が二人いるのに、あんたまで押し付けられるなんて面倒が見切れやしない。

 

 伯母がいまいましそうにいって、馬小屋に住むことになった。ウマが糞をまきちらすので、毎日掃除するのが仕事だ。そうすると伯母が残飯を持ってきてくれる。

 掃除が終わると馬小屋の隅で丸くなる。そうしなければ、ウマに踏み潰されてしまうからだ。

 

 隙間風に震えながら藁にくるまっていると、家の方から楽しげな笑い声が聞こえてくる。


 家には青い瞳に茶色の髪をした男の子と、赤毛の女の子の兄弟が住んでいた。家のほうには近づかないでといわれていたが、兄妹が遊びに来ることがあった。

 男の子はいじわるで、くさいといって棒の先でつつきまわしてくる。女の子は男の子のように叩いたりしてこなくて、隣に座って話しかけてくることもあった。伯母夫婦と男の子の見た目は似ているけれど、女の子だけが赤毛で違っていることを気にしているらしかった。

 

 ある日、馬小屋の片隅で丸くなっていると、大きな音が鳴り響いた。驚いていると、入口でにやにやと笑いながら爆竹を放り込む男の子が見えた。

 音と光に驚いたウマがいななき、どすんどすんとひずめが地面を叩く。

 何度も踏みつけられて、頭がへこんで目がよくみえなくなった。手と足もとれているようで、体のバランスがおかしかった。

 

 騒ぎを聞きつけて伯母がやってくると、こちらを見て悲鳴を上げていた。気味悪がられ、そのまま追い出された。

 女の子だけがボクをかばってくれた。兄弟達がウマをけしかけたと伯母に一生懸命に話してくれていた。

 

 だから何だっていうの!

 

 伯母はそういうとボクを馬小屋から追い出した。

 家を追い出されてから森で暮らすようになった。

 視界がぼんやりとしか見えなくて、落ちていた木の棒を杖がわりにふらふらとおっかなびっくり進んでいると、急に体がぐらりと傾いた。

 手足をばたつかせながらまっさかさまに落ちていく。

 

 ここはどこだろう?

 

 地面に厚くつもったふかふかの腐葉土のおかげで無事だったようだ。

 狭い穴のようで少し歩くだけで壁にぶつかる。手をのばしてみても、穴のてっぺんにはとどきそうもなかった。

 抜け出す方法がわからなかった。

 なによりも、目がよくみえなくて左足も右手もなくてよじのぼることもできなそうだった。

 

 

 穴の中をしらべていくうちに、自分と同じように落ちてきた動物の死骸が転がっていることに気づいた。どうやらここは落とし穴みたいになっているらしい。

 

 じめっとした暗い穴の中でうつらうつらしていると、ドサリと何かが落ちる音がした。小さな動物でたぶんウサギだろう。逃げるウサギを追いかけて、木の棒で叩いて殺した。

 

 とても疲れたので落ちてくるあたりに硬い石をおいて次の獲物が降ってくるのを待つことにした。

 

 何かが落ちてきた。

 今度はドサリという音じゃなくて、グチャリという湿った音だった。

 人間の男だった。

 うめき声をあげている男の頭に石を振り下ろした。悲鳴を上げなくなり動かなくなった。

 

 男の腕はたくましく、なくなった右手の代わりにつなげた。

 

 

―――グチャリ

 

 今度は女だった。

 籐の籠を抱えていて、中からこぼれた果物がつま先にあたった。

 女の首をしめると、あたらしくつけた男の腕のおかげで簡単に首を折ることができた。

 女のすらっとした左足をつなげると、両足で地面を踏みしめることができた。

 あとは目があればここからでられるかもしれない。

 

 

―――グチャリ

 

 落ちてきた森の獣を食べながら過ごしていると、小さいものが落ちてくる音が聞こえた。

 人間の子供だった。

 落ちたときに石にぶつかって、もう死んでいるらしかった。


 キレイな青い瞳を取り出してはめてみると、深い穴の縁から空に浮かぶきれいな月が見えた。地面をみるとたくさんの動物の死骸と3人の死体が転がっている。

 

 穴は深く、死体を積み上げて階段にすることにした。ひきずる死体の肌は冷たくて恐ろしいぐらいに白かった。


 冷たい穴の中ですごし、横をみるとたくさんの人間や動物の顔がこっちを見ていた。どれも目を見開いていて、下の方に重ねられた男の子の顔にだけぽっかりと穴が二つならんでいる。

 

 静かな生活だった。

 風にゆれた木々がざわざわと鳴り、鳥の声がきこえる。

 目を閉じると伯母の家にいたときのことを思い出す。そうすると、あの女の子のことを一番思い出した。

 

 落ちてきた動物の死体を積み重ねていくうちにもうすこしでてっぺんまで届きそうになった。丸く切り取られた空を見上げていると、ひょっこりと顔がのぞかせてくる人間と目が会った。伯母の家にいた女の子だった。

 

 あなた、ここに住んでいるの?

 

 彼女は暗い穴のそこにいるボクにむかって精一杯声を上げる。反響した声が耳に入ってきた。月明りが穴の底を照らすと、積み重ねた死体に気づいて顔を青ざめる。

 

 あなたがみんなを殺したの?

 

 いまにも気絶しそうほど緊張した声でボクに聞いてくる。

 

 お兄ちゃんをさがしているの……、森にいったきり帰ってこないからお母さんたちが心配しているわ。

 

 積み重ねられて下のほうでつぶれている男の子を指差すと、彼女は悲鳴を上げて泣きそうな顔をした。彼女が穴の中に飛び降りようとするものだから、あわてて地面の石をどける。ぼふんとやわらかい腐葉土の上に落ちた。


 お願い、お兄ちゃんを返して。

 お母さんたちはお兄ちゃんがとっても好きなの。いなくなってから、ずっと悲しそうにしているわ。

 

 彼女は男の子を引き抜こうとする。そんなことをしたらせっかく積み上げた階段が崩れると、彼女を止めた。


 すがりついて懇願する女の子は、ボクの顔にはまっている瞳が前に見たときと違うことに気がついた。男の子のものだというと目だけでも持って帰ればお母さんたちは喜ぶはずと涙をながす。


 女の子が家族のことを愛していることは知っていた。伯母にぶたれて馬小屋に逃げ込んできたときも、家族のことは悪くいうことはなかった。

 

 わたしの両目を代わりにあげる。

 

 女の子は泣きはらした黒い瞳をこちらに向けていた。両目をはずして彼女に渡すと、また何も見えなくなって女の子の声だけが聞こえる。

 

 ああ、ありがとう。これでお父さんとお母さんも安心するはずよ。お兄ちゃんを家に帰したらすぐに戻ってくるわ。

 

 女の子が穴からでられるように踏み場になってあげた。遠ざかっていく足音を聞きながら、あの子がここに戻ってくることはないと思った。また新しい目が必要だと思って、石の位置を元に戻した。

 

 穴の中でじっとしていると、何かが近づいてくる足音が聞こえた。

 今では、音を聞いただけでそれがどんな動物かがわかるようになっていた。

 二足歩行の人間。

 子供。

 

 足音は穴のすぐそばまでやってきていて、すぐに落ちてくるだろう。

 

 

―――グチャリ

 

 

 獲物が石に落ちた音がした。

 両目を手に入れることができた。

 

 目を開けると女の子が死んでいた。

 

 頭の後ろにぶつけたらしく眠るような死に顔だった。顔には真っ暗な穴が二つならんでいる。


 女の子を起こして隣で座ってみても、静かなままだった。女の子が話しかけてくることはない。

 

 しばらくして落ちてきた動物をひきずって積み上げるとようやく階段が完成した。


 外にでるとひんやりした空気が胸の中にはいってくる。

 女の子も穴から出した。約束を守ってくれた彼女を家に帰してあげたかった。


 女の子を背負いながら伯母の家にむかう。

 月に照らされた道をたどり伯母の家に到着する。

 玄関の前に彼女を座らせて、扉をノックした。

 

 中からがたがたと騒がしい音がして、女の子が帰ってきたという伯母の大きな声が扉ごしにきこえる。女の子に両目を返してそっと離れた。

 ガチャリと扉の開く音が聞こえ、大人二人分の足音が女の子に近づいた。

 

 あんた、こんな時間まで外で何をしていたんだい! お兄ちゃんがいなくなって、あんたまでいなくなったらって思ったら……、まったく本当に心配させないでおくれ。

 

 叱り飛ばす声は涙交じりの声に変わっていた。


 真っ暗な視界でふらふらと森に戻ると、急に足の先から地面が消えて体が傾むくのを感じた。まえにも似た感覚だと思いながら、下に向かって落ちていく。


 衝撃の後に湿った音がすぐそばで聞こえた。

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