第43話 白いカラス②

「おい!陰険◯マ野郎!離せよ!!」

「あら、離して良いのかしら?良ければ離してやるわよ。ロリコン」

「……あ、すみませんでした。それだけは止めて下さい!!!」


現在の居る場所が空の上であることを思い出した我は、ジタバタと抵抗するのを止めた。

から落ちることを想像しただけで、お股がヒュンとしたのだ。


「分かれば良いのよ。――ったく、余計な手間をかけさせやがって」

「……お手数おかけいたしますぅ」


我は不本意ながら白いカラスに連れ去られている最中である。なう。


……今更だが、この白いカラスは本物のカラスではない。

最強除霊師として名高い【新渡戸にとべ 蓮生はすお】が放った『紙人形』と呼ばれるものである。


新渡戸の母親の実家である神社は、安倍晴明も所属していた陰陽寮との関わりが深かったために、陰陽術にも精通しているそうだ。


幼い頃に天性の才覚を見出された新渡戸が、父方の寺と母方の神社それぞれで修行をした話は有名だ。

その時の修行で陰陽術をも習得してしまうとは……。

是非、僕にもそのノウハウを――って、違うだろ!


……ふう。危ない、危ない。

危うく心の奥底に封印せし暗黒神を目覚めさせてしまうところだった。


新渡戸がわざわざ陰陽術を使った理由は何か。

――それはを捕まえるために、だ。


何故ならば、僕は奴に作られた『式神』だからである。

いや、厳密に言えば『使い魔』だろうか?


何れにしろ、奴が逃げ出した僕をいつまでも放っておくことはないと思っていた。

思ってはいたが……タイミング!!!


偶然にも再会を果たしていた会社の後輩こと【佐伯ひなた】。彼女が失ってしまっている記憶やその他諸々を漸く話せるタイミングがきたと思っていたところだったのだ。それなのに、新渡戸に邪魔をされた。


こうして捕まってしまった僕は、二度と逃げられないようにされるだろう。下手すれば、この記憶と人格を消される可能性だってある。


――今度こそ守りたかったのに。


「……アンタが大人しいと気持ち悪いわね」

「誰のせいだよ!?」


泣くぞ!?

キッと白いカラスこと新渡戸を睨み付けると、新渡戸は瞳を細めた。


「この世に偶然はない。あるのは必然だけ。アンタがあの子と再会したことも、タイミングで、アタシがアンタを見つけたことも。全てが必然」


「は?」


「『急てはことを仕損じる』。――アンタとあの子の再会が必然だったならば、焦る必要はないわ」


「偶然だったとしたら……?」


「――まあ、きっと二度ともう会えないでしょうね。諦めなさい」


「何だソレは……!!やっぱり降ろせーー!!」


「良いの?落とすわよ?」


ジタバタと暴れ出した僕をチラリも見た新渡戸は、嘴を少し緩めた。その途端にズルリと身体が少しだけ下がる。


「ひっ……!」


丁度、足元に見えたのは大きな川だった。

落ちて溺れる未来が簡単に想像できる。


「すみませんでした……!!」


再度謝罪した僕は、恥も醜聞もかなぐり捨てて、借りてきた猫のように大人しくするしかなかった。



「――今はまだその時ではない」


またまたお股かヒュンとしていた僕には、そんな新渡戸の独り言は届いていなかった。


「な、な、何か言いました!?」

「……お黙り。帰ったら覚えてなさいよ」

「ひぇぇえ……!」



**


……真先輩が連れて行かれてしまった。


あのゾクッとする感じ……。

きっと白いカラスは、コタローくん達のお守りを作った師匠にまつわるのものだろうという確信があった。


陰陽師だった祖先がいるという噂をネットで聞いたことがあるから、式神とかそういうのなのかもしれない。


そんな人に連れて行かれるだなんて、真先輩は一体何をやらかしたの?


せっかく色々な話を聞けるところだったけれど、また会えるのだろうか?

今頃、パーーンされてたりしない?



あー……もう。

厨二病な黒猫が話し出したと思ったら、実は会社の先輩だったとか。

オネエさん口調の白いカラスが急に現れたかと思えば、話がまだ途中だった先輩が、その白いカラスによって連れて行かれてしまったとか――――怒涛。……そう、怒涛の展開がすぎる。


『貴方、思ったよりも悪いじゃないみたいだから、見逃してあげるわ』

――そして、私に対する警告のような言葉。


私の存在はいつから知られていたのだろう。

流石は、コタローくんのお師匠様だ。

実力と人気は伊達じゃなかった。


なんて、感心してる場合じゃないんだけどね…!?


『私は善良な幽霊です!』と言い切れるほど、清廉潔白な幽霊ではない。

【推し活】という綺麗な言葉で誤魔化しているだけで、実際にやってることは、ただの自己満足のストーカー行為だ。


プライベート空間には立ち入らないようにしているものの、そもそもの生活拠点が、推しの自宅の屋根の上とか、生身の人間であったなら即通報案件である。


窓から覗いたり、部屋の中に入ってハスハスしたこともあるだろう、って?…………………(無言の笑み)


勿論、これから先にも後にも、コタローくんと咲夜くんに実害を与えるようなことはしない。

基本的に、コタローくん達以外の人達に対してもそのつもりだが、悪意を向けられた時はその限りではない。


悪意には悪意を!

全身全霊で対処させていただく所存ですけどね!!



「カーカ、カーカーカカーカア」

(ひなた、双子が出かけるみたいよ)


「あれ?今日はオフじゃなかった?」


「……カーカーカアーカカー」

(私はそこまで把握はしてないわ)


「あはは。だよね」


急遽、撮影に出かけることにしたのだろうかと思ったが、それにしては荷物が少ない。


買い物とかかな?

ふむ……。


「ちょっと憑いて行ってみる!」


「カ!?……カーカーカア」

(え!?……いってらっしゃい)


「いってきまーす!」


いつもの私なら撮影以外には憑いて行かない。

ふとんだと思う。


そのせいで――身悶え苦しむことになるだなんて、この時の私にはまだ知る由もなかった。

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幽霊だって推し活がしたい。 ゆなか @yunamayo

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