第42話 白いカラス①
「カーカア?カーカーカ?」
(何?知り合いなの?)
「はい。誠に遺憾ですが」
「ちょっと待て!何やら聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするのだが!?」
「気のせいですよ?」
私はにっこり微笑んだ。
「……そ、そうか。僕の気のせいだったか――なんて、ならないからな!?その手には乗らないぞ!?」
姿は違えども、このやり取りを私は幾度となく行った記憶がある。
と、なるとやっぱりこの人(猫)は……。
「……真先輩、何で猫になんてなってるんですか?」
私の二つ上の先輩で、新入社員として入社した私の教育係を務めてくれた人だ。
サラリとした黒髪に、黒縁眼鏡。黙っていれば、インテリ系のイケメンに見えなくもないのに、口を開けば大好きな美少女系のキャラ談義が止まらなくなるという立派なオタクだった。
厨二病を拗らせたような言動が痛いなーと思う時もあったものの、気兼ねなくオタ話ができる優しい先輩であった。
そんな先輩が、どうして猫になんて………まさか。
「先輩のイケてないオタク姿は、世を忍ぶ仮の姿だったんですか!?実は猫獣人だったとか!?」
「おいコラ!誰がイケてないオタクだ!泣くぞ!?……全く、僕が猫獣人のはずがないだろう?コレだから異世界ファンタジー好きは困る。僕が獣人なら、もっと早くに獣化してロリ達と戯れてたさ」
「まあ、私達の今の状態も傍から見れば十分にファンタジーですけどね。幽霊の私はともかく、黒猫に――あ、真先輩は、生まれ変わったという認識でOKですか?」
私的には意識の擦り合わせ程度で、何の気兼ねもなく尋ねたことだったが、先輩は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「…………何ですか、その顔は」
「いや、その……何と言えば良いのか……」
挙句に私の様子をチラチラと伺い出した。
中身が先輩だと分かった今は、上目遣いされても可愛いだなんて思わないぞ!?
しかもいつまでも、チラチラもじもじソワソワされていると苛立ってくるわけで――。
「カー……カカカカカーカー?」
(ねぇ……目玉突いて良い?)
「うーん?それは良いかも?よし!やろう!!」
カーコと私の我慢も限界だ。
「ちょ……!?待て……!」
臨戦態勢になった私達に気付いた先輩が、ザザッと大きく後退した。
「な、なあ、我々は仲間だろう……?」
「えー、どうだったかなぁ?」
「カーカカーカーァーカーカカ?」
(いつの間にか混じってただけじゃない?)
「酷い……!」
私はピアノの弾く時のように両手の指を別々に動かしながら、カーコは日光で嘴をキラリと光らせながら、先輩に一歩近付いた。
「お、落ち着け!話せば分か…………ウゲッ!!」
先輩がまた身体を後退させかけたその時。
「あらあら。何だか楽しそうな状況になっているわねぇ」
私達の頭上から、カーコではないオネエ様口調の男性の声がした。
咄嗟に声がした方を振り仰ぐと、そこには――
「白い……鳩?」
「カラスよ!!」
おっと、速攻で訂正された。
「す、すみません!!」
頭を下げた後に改めてよく見てみると、カーコ達を真っ白に染め上げたような姿の鳥が、いつの間にか私達のすぐ近くにいた。
『いつの間に!?』とか、『白いカラス初めて見た!』とか、『人間の言葉!?』とか、『オネエ口調!?』とか、色々と思うところはあるが、それよりも先輩の様子が、目に見えておかしくなった方が気になった。
『ウゲッ!』と言った辺りから、耳がピンと尖り、全身の毛を逆立てかと思えば、逆立って膨らんだ尻尾をベシベシと、何度も屋根を打ち付けはじめたのだ。
一般的にこの状態の猫は、恐怖や興奮、苛立ちといった状態なのだけど…………。
「……先輩は、白いカラスとお知り合いですか?」
「……カーカア?カーカーカ?」
(……何?知り合いなの?)
私だけでなく、カーコもそう思ったらしく、ほぼ同時にそう尋ねていた。
「……ああ、誠に遺憾だがな」
先輩は白いカラスを凝視したまま頷いた。
「や~ね。その言葉は聞き捨てならないわぁ」
既視感のあるやり取りだが、本人達にとってはネタではない。警戒を強めた先輩に合わせて、私とカーコも自然に警戒態勢になる。
「あたしが、わざわざ探しに来てあげたのに。……まあ、でも良いわ。無駄じゃなかったもの」
白いカラスは、やれやれとでもいうように両羽を広げた後に、私をジッと見た。
「……え?」
頭のてっぺんから足のつま先まで。
まるで観察するかのように私を見ていた白いカラスの瞳が、ふと細められた瞬間。
「ひぃっ……!?」
ゾワッと全身を駆け抜けるような感覚がした。
こ、この感覚は………!!
それは身に覚えがありすぎる感覚だった。
ガタガタと震え出しそうになる自らの身体を咄嗟に抱き締めた。
それにこの声と話し方――――まさか、この人……。
「あら、逃さないわよ?」
白いカラスの瞳がギラリと光ったかと思うと、この場から静かに逃げ出そうとしていた先輩をあっという間に捕まえてしまった。
「離せ!……離せよ!!」
首根っこを嘴で捕まえられた先輩は、身体を捩ったり、足をバタバタさせたりと、必死で抵抗しているものの、余裕綽々の白いカラスからは逃げられそうにもない。
「離せ!この……〇〇〇(ピー)!!」
はい、放送禁止用語入りました。
先輩……それ逆効果じゃ……。
「あ゛あ゛ん!?てめぇ舐めてんのか!?〇〇〇(ピー)千切るぞ!?」
「すみません!ソレだけは止めてください!!」
「こっちが下手に出てれば良い気になって。〇〇〇(ピー)を〇〇(ピー)されたくなかったら大人しくしてろや!」
「分かりました!だから〇〇〇(ピー)しないで!!」
……わぁーおー。
案の定、放送禁止用語のオンパレードになった。
……ていうか、声は別のところから出てるんですね。
先輩を咥えているはずなのに、はっきりと声が聞こえている。
……………。
私はそっと耳を塞いで、これ以上聞こえないようにした。
――暫くして。
尻尾を後ろ足の間に挟んでプルプルと震え出して大人しくなった先輩を咥えたまま、白いカラスは両羽を大きく広げて飛翔をはじめた。
「……あ!」
思わず手を伸ばすと、飛翔した白いカラスが私を見下ろした。
「貴方、思ったよりも悪い
それだけを言い残して、白いカラスはどこかへと消えて行った。
「……カーカアーカーカカーカア」
(……酷いキャラ被りだったわ)
気持ち的にはカーコに激しく同意したかったが、言葉にはできないまま、白いカラスが消えて行った方向を暫くの間、私は黙って眺め続けた。
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