黒猫と残照
安崎依代@1/31『絶華』発売決定!
※
「じゃーん!」
私が差し出したぬいぐるみに、
「珍しいね。
苦手じゃなかったっけ? という言葉に、私はフニャッと笑ったまま答えた。
「この子は特別!」
「何で」
「だってこの子、涼華に似てない?」
私の言葉に、涼華はキョトンとした顔になる。
「私、猫になった覚えはないんだけど」
「え? よく見てよ、この真っ黒で艶やかな毛並みに、うっすら青みががって見える瞳。抱きしめるとふかふか気持ち良くて、いい匂いもするの! もう涼華じゃん!」
「えぇ?」
腕の中で抱きしめていたぬいぐるみを『良く見ろ』と言わんばかりに突き出すと、涼華は何とも言えない表情で顔をしかめる。それでもマジマジとぬいぐるみを見つめて、一応は考えてくれる辺り、涼華はいい子だ。
「お店で見つけて、『涼華だ!』って思った瞬間、買っちゃった!」
私はぬいぐるみを引き戻すと再びギュッと抱き直す。そんな私に涼華がピクッと眉を
「えへっ、これで寂しい時もずっと涼華と一緒にいられ……」
「公香」
不意に、スルリと腕の中から、フカフカが消えた。
「それ、浮気だから」
代わりに、温かくて柔らかな腕が私の体をギュッと抱き包む。その上からサラリとこぼれる黒髪は、黒猫のぬいぐるみ以上に深くて艶やかで。ずっといい匂いがして。
何よりぬいぐるみにはない温かさが、そこにはある。
「許さないよ、たとえぬいぐるみが相手でも」
「……ふぇ」
深く抱き込まれて、切なさを秘めた声で囁かれた瞬間、私の目尻は必死に隠していたはずである涙をポロリとこぼしていた。
国際線が入る、空港のターミナル。もうそろそろ涼華が乗る飛行機の搭乗手続きが締め切られる時間だ。
「だっ……だって……だってぇ……っ!!」
「いい子で待ってて。1年なんて、すぐだよ」
「うぅ……っ!! だって涼華はこんなに美人さんだもんっ!! きっと
「公香にしか興味ない」
「時差すごいから電話も気軽にできないし……っ!!」
「公香ならいつでもしてきていい。私を叩き起こして」
「何で会いに行っちゃいけないのよぉっ!!」
「この修行で成果を出せたら、公香との結婚をお父様に認めてもらえるから。その条件のひとつが1年間の離別」
「分かってるもんっ!! 分かってるけどぉ……っ!!」
もう手を離さなきゃ。そのためのぬいぐるみだ。
何かを必死に抱きしめていなくちゃ、私は涼華から手を離せない。ずっとずっと握りしめてきた、涼華の手を。
「公香」
不意に、私を抱きしめていた涼華の腕が解けた。不安に反射的に顔を跳ね上げた瞬間、すぐ目の前でチュッというリップ音が響く。
次いで、私の唇にフカッとした物が押し当てられた。
「私の心の半分を、このぬいぐるみに込めて置いていくから」
考えるよりも早く、涼華にすがりついていた手を離して目の前のフカフカを手にしていた。
それは私が差し出したぬいぐるみ……さっき涼華の唇が触れたぬいぐるみで。
「1年後には、その心と公香の全部を回収に行くから、大事にしてて」
差し込む夕日の中に艶やかな黒髪を翻して、いつも通り自信満々で微笑んだ私の自慢の彼女は、ヒラリと手を振るとカッコいいまま搭乗ゲートへ行ってしまった。
あまりにも絵になりすぎる光景に私がポカンと魂を抜かれている間に、涼華の姿は視界から消えてしまった。そのことにしばらくしてから気付いた私は、ギュッと胸にぬいぐるみを抱きしめると全力で叫ぶ。
「行ってらっしゃい! 涼華!! 留守は絶対に守るからっ!!」
周囲にいた人間がギョッと振り返るような大音声は、きっと涼華の所まで届いたはずだ。
私から姿が見えなくなった辺りで我慢できずに泣き始めただろう、私の自慢でカッコよくて可愛い彼女の所まで。
──もしかしたら涼華も、向こうで私に似たぬいぐるみ探しちゃったりして。
そんな涼華の姿を想像して、ちょっとだけジェラッとしてみてから、私はもう一度小さく呟いた。
「ずっと、ずっと、待ってるから」
涙に揺れた声は、きっと胸に抱きしめたぬいぐるみにしか聞こえなかっただろう。
離れたばかりの恋人の温もりを思いながら、私はぬいぐるみを抱える腕に力を込めた。
【END】
黒猫と残照 安崎依代@1/31『絶華』発売決定! @Iyo_Anzaki
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