長旅

冬野瞠

とある屋敷にて

 お疲れでしょう、良かったらどうぞ、と老婦人が穏やかに言って小皿を私の前に置く。皿の上には、スノーボールクッキーのような白く丸いものがちょこんと盛られていて、とても美味しそうだ。

 ただ私はそれよりも、重厚な洋館を埋め尽くすおびただしい数のぬいぐるみに目を奪われていた。増築されたらしい背の高い棚が壁という壁を覆い、棚板にはぬいぐるみ――それもテディベアばかり――が一分いちぶの隙間も許さないとばかりにみっちり詰め込まれ整列している。


「すごい屋敷でしょう、驚かれた?」


 老婦人の言葉に、私ははっとなった。他人の家をじろじろ観察するなど不作法にすぎる。

 相手は気にする素振りも見せず、広間をぐるりと見渡した。


「昔からぬいぐるみが好きでねえ。その中でもテディベアは格別で。一口に熊のぬいぐるみと言っても、作り手によって個性がばらばらだからかしら。でも私、知らないままに集めていたの。同じ種類のぬいぐるみを一定の数以上集めると、その後はって」


 老婦人は凪の日の海みたいに鷹揚おうような表情をしている。人が超常現象を口にする時にありがちな、大袈裟な調子とは無縁な語り口だ。


「大切にされた物には魂が宿るって言うでしょう。きっとぬいぐるみは殊更ことさらそれが顕著なのね。ぼろぼろになって捨てられても、魂は持ち主を求めて彷徨さまよい始める。そのうちにこの家に辿り着くみたいで。ここにつどった子たちが、人間には聴こえない声で呼び合っているのかもね」


 目元を細めていた相手が、ふと私の方を見る。ないはずの心臓がどくりと跳ねた気がした。


「あなたも遠くからいらしたんでしょう? 見たところ長旅でやつれていらっしゃるし、それを召し上がってゆっくりして下さいね」


 私の目の前に置かれた綿わたを掌で示しながら、老婦人は優しく微笑する。

 縫い合わされた関節を不器用に動かしながら、私はぎこちなく頷いた。

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