ぬいぐるみの中にいる

榮織タスク

闇の中にいた

 気が付いた時には、何も見えなかった。

 自分がいまどこにいるのかも分からない。暗い。何も見えない。

 何かの間に挟まっているような感触。柔らかい。

 上を向いているのか、下を向いているのか。横たわっているのかさえ分からない。

 じたばたと体を動かしてみるが、手ごたえはまったくない。


 おおいと声を上げてみたが、口の中に柔らかいものが入ってきただけで終わった。口の中に指を突っ込んで取り出す。綿、だろうか。

 綿に包まれていると考えると、不思議と暑さと息苦しさを感じてきた。

 そもそも何故こんなところにいるのか。

 寝ている間に拉致でもされたのか。いや、そもそも昨日はどこで寝たんだっけ?


 一体自分はどこにいるんだ。

 音もなく、光もなく、ただ暑苦しさと息苦しさだけを感じる。もがいてみても、綿の感触をとらえるばかりで進んでいるのかいないのか。

 助けてくれ、と大声を上げる。綿に吸収されているのか、返事もなければ声が響く様子もない。

 喉が渇いてきた。


 ぼんやりと、遠くに明かりが見えたような気がした。

 間違いない。黒一色の中、そこだけが明るい。

 新鮮な空気が入ってきたような気がする。ひたすらもがいて光を目指す。

 ぎざぎざとした穴だ。まだ届かないのか。綿をかき分けながら、必死に手を伸ばした。

 ここから出たい。出たいのだ。

 光を放つ穴の外へ。




 悲鳴のような、泣き声が上がっている。泣きわめく幼児を庇うように抱きかかえた母親が、真っ青な顔で警察に電話をかけている。

 公園のベンチに転がっていたぬいぐるみ。熊のような、兎のような、手作りめいた不格好な。

 通りがかりの幼児が、ぬいぐるみを手に取った。背中に縫い付けられたファスナーを下ろすと、手が出てきたのだ。

 ぬいぐるみの中にあったにしては、あまりに大きすぎる手が。


 警察が回収し、ぬいぐるみを解体したが何も分からなかった。

 手の持ち主がどうなったのか、どこにいるのかも。

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ぬいぐるみの中にいる 榮織タスク @Task-S

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