第5話

 たまごパンを振りながら、笑う信号に許されて進む彼女を追いかけた。

「僕もこっち」

「マジか」

 握りしめる串に刺さった、食べかけの魚パンを見ながら、僕は思う。

 この串に射抜かれているのは――魚だろうか。

「本当に食べていいの?」

「私の食べかけ、そんなに嫌?」

「いや、そういうわけではなく。それじゃあ、いただきます」

「どうぞ」

 魚の形の、パンに齧り付く。

 僕の口の中を、雲のようにふわふわの白と、サーモンピンクが泳ぎ出した。


 たまごパンを食べ出した彼女のスピードに合わせて、僕は串を掴んだまま。半歩後ろをついていく。

「そういえば」

「ん?」

「バターロール好きなの?」

「いや、サンドイッチが食べたかったんだけど、それしかなかったから」

 食べかけのたまごパンを、穴が開くほど鋭い目で見つめてる。その顔を、僕はまっすぐ見つめられずに、チラリとだけ見た。

「これ、サンドイッチ枠?」

「一応?」

「今度、サンドイッチ食べさせてあげよっか?」

「お母さん作の串刺し?」

「ううん。私作、キタアカリで作る激ウマサンド」

「キタアカリ……? あ、食べたい! 僕、ポテトサラダ好き! パンはふわふわのあっさりしたやつが好き」

「ふわふわあっさりはいいんだけど、何で急にポテトサラダ?」

「だって、キタアカリってじゃがいもでしょ? 最近ポテトチップの特集で観て知ったんだ」

「……キタアカリって、食パンの名前だよ?」

「まじか……」

「ほっぺ真っ赤じゃん。ウケる。電車乗ったりバス乗ったりで遠いんだけどさ、今度一緒にパン屋さん行こうよ。その、キタアカリ売ってるお店ね、ふわふわパンもおいしいけど、ハードパンもめちゃウマなんだから。ふわふわあっさり推しの君を、私がハードパンの沼に沈めてあげるよ」

 セリフを決めた彼女の口の周りには、卵のかけら。

 そして、僕の口の周りには――

「ってか、ねぇ。口に鮭ついてるよ? ウケる」

「そういう君にも黄身ついてるよ」

「なに、ダジャレ? 寒っ」

「違うよ、卵サラダがついてる」

「え、うそ……恥ずかしっ」

 そう言って頬を染めた彼女が、僕と同じ桜木を名乗る未来に向けて光さし、導いてくれたのはきっと――


 頭上に微笑む、真っ赤な太陽だ。


「ピクニック、いこー!」

「やったー!」

「車、出すよ」

 今日のお弁当には、娘も食べやすいお団子サイズの『チバま』がたくさん。

 細かく切ったチーズバタールと、おかずが交互に刺さった、ねぎまもどきだ。

「おしゃれパンが急に庶民的になるというか、なんというか」

「ぱぱ、うるちゃい」

「ねー!」

 女の人って、年齢関係なく、ほんと口の力が強いよね。とほほ。


 串刺しの血は、脈々と受け継がれている。

 きっと娘も――


 どこかの曲がり角で、誰かのハートを射抜いてさ。

 恋心を膨らませて、香り高い人生を、焼き上げるんだろうな。

 

 

 

 

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恋、串刺し 湖ノ上茶屋(コノウエサヤ) @konoue_saya

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