第4話
「はぁ? なにそれ。……面白い人。またこの角で会えたら、食べさせてあげるよ」
「へ?」
「今日忙しいんだ。ほれ、どいて。邪魔」
「あ、あぁ。ごめんごめん」
避けて彼女の背を見送る。
信号がウィンクを始めた。
僕はまた、渡り損ねたみたいだ。
そして――
「なんだよ、進む方向一緒じゃん」
ひとりごちて、ツナパンを握りしめた。
待ち伏せなんて趣味が悪い。
わざわざ待ち伏せなくたって、いつも通るこの道で、また会える可能性はゼロじゃない。
ゼロじゃない?
いや、あえて彼女がこの角を避ける可能性は否めない。
さて、どうしたらあのパンを食べられるか。
パンのこともそうだが、僕は――
どうしてもまた、彼女に会いたい。
「ルーティン的な、アレだ!」
思い立ってパン屋に寄る。
ツナパンを買おうとしたら、冷蔵コーナーにはたまごサラダが挟まったバターロールしかなかった。この店、品揃え悪いよな。
いや、きっと僕が買い物する時間が悪いんだ。
こんなこぢんまりとした店、余計に作って余ったら大損害だろうし。
何もないよりはマシだろうと手に入れたたまごパンを片手に店を出て、すたすたと歩く。
視界に入った信号が、進んでいいよって笑ってる。
だから、スピードを落とした。
そして僕は信号にウィンクしてもらう。通せんぼしてもらって、立ち止まったその場所で、たまごパンを太陽に捧げるんだ。
捧げる?
たまごパンを突き上げる自分を客観視したら、笑えてきた。
ひとりでケラケラ笑っている僕は今、きっとそこそこヤバいやつだ。
「なんでまた、ツナパン太陽に捧げてんの?」
――あぁ……会えた。
「残念。今日はたまごパン」
言って視線と、パンを落とした。
「なんで焼き魚くわえてんの? ドラ猫か?」
「ママが『あんたは魚食べないから、コレ食べておきなさい』って」
「いや、それってパンだよね」
「パンだね」
「魚類じゃなくて、穀物だよね」
「そうだけど、中に鮭のクリーム煮が入ってる」
「鮭?」
魚嫌いに魚を食べさせようとしているのに、わざわざご丁寧に魚型のパンにするセンスに惚れ惚れした。
あんぱんのキャラクターを模しているくせにチョコレートクリームが入っているパンみたいに、丸いパンとか、豚の形のパンにこっそり魚を包み込んで、さも普通のパンですよ、なんて騙してでも食べてもらおうと言う気が微塵も感じられない。「ほれ、魚焼いたぞ! 食え!」とでも言いたげだ。
「やば、また会ったら食べさせてあげる約束、覚えてないよね?」
「覚えてたけど、覚えてないよね? って確認したら、きっと誰でも思い出すよね?」
沈黙がその場を支配した。
僕はこのあと、言うべきセリフを知っている。
――揃え!
「「マジ萎え〜」」
静かな街に、二人分の笑い声が降り注いだ。
「んじゃ、コレあげる。たまごパンもーらい! それじゃ!」
「え、コレ? 齧りかけのコレ?」
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