第3話

 ツナパンを拾い上げてくれた彼女の串刺しパンを、間近に見た。

 サンドイッチの口にはくどそうだ。

 けれど、ちょっとだけ気になる。

 中に何かが入っているように見えた。あれは、なんだろう。

「ねぇ、その串刺し、どこで買ったの?」

「あぁ、コレ? ママが作った」

「お母さんが?」

「そ。半年くらい前かな。ちょっと遠くのお高いパン屋さんに激ウマのデニッシュがあるんだけど、それをママに餌付けしたの。そしたら『買うと高い、私が作るわ』とか言ってパン作りを始めてさ。意味わかんないっしょ? ど素人がお高いパン屋さんと張り合おうとは」

「ま、まぁ、何事もやってみないと、ね」

「それで、案の定おしゃれパンは作れない。じゃあ、方向性を変えよう。手を汚さないで食べられるパンは作れないかって言いだして」

「普通、パンを食べて汚れることなんてそうそうなくない?」

 そう口にした瞬間、ポケットが少しだけ、ピリピリした。

 ポケット越しに、パン屋でもらったお手ふきを、なだめるようにポンポンとたたく。

「ん? あぁ。でも、メロンパンとか、砂糖こなこなしない?」

「……するかも」

「カレーパンとか、油がベトッてなったり」

「確かに。なる」

「んでも、せっかく串で食べてるのに、タレでスカート汚れるとか。手がベトベトになるよりテンション下がるわ」

 汚れを気にするならタレとかつけないでしょ、普通。なんて言いかけて口を噤んだ。

 僕の普通と、彼女や彼女のお母さんの普通は違うもんね。

 余計なことを言う代わりに、汚れを拭えるようにとお手ふきを差し出す。

「これ、使ってよ」

「ありがと。……ってかさ」

「なに?」

「今更だけど、渡らないの?」

 言われて気づいた。信号に視線をやれば、ウィンクし終えたところだった。この信号、このやりとりをしている間、何回ウィンクしたんだろう。


「んじゃ。私こっちだから」

 右を串差し進もうとするから、こんどは彼女の進路をしっかりと邪魔した。

 どうしても、彼女に伝えたいことがある。

 今、ちゃんと言わないと、きっと後悔すると思ったんだ。

「ねぇ、こんどそのパン、食べてみたいんだけど」

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