第2話

 女の子の声にハッとして視線を地上に戻した。信号はいつの間にやら進んでいいよ、と言っていたみたいだけれど、やっぱりダメってウィンクしだす。

「あ、ごめんなさい」

「なんでそんな邪魔くさいところでパンを太陽に捧げてんの? 太陽ってバターロール好きなの?」

 謎の女の姿をまじまじと見た。

 人は唖然とすると身体の力が抜けるのだろうか。

 さっきまで太陽に捧げていたツナパンが、地面に吸い寄せられるように落ちていく。

 女はその様子を目で追いながら、串に刺さった大ぶりのみたらし団子をリスみたいに齧り続けている。

 唇がうるっとしているのは、多分グロスじゃなくてタレのせいだ。

 外見だけでは分からないけれど、ぱっと見では同じくらいの歳のように見える。

 この人、どこから現れた? 前にも後ろにも、人の姿も気配もなかったのに。あぁ、この横の道か。ここからひょこって出てきたんだ。それで僕が邪魔で……そんなに邪魔? まぁ、彼女がまっすぐ進むにはちょこっと避けなきゃならないのだろうけれど、わざわざ「邪魔なんだけど」なんて文句をつけるほどに邪魔?

「なによ」

 あまりにジロジロ見過ぎたらしい。

 怒りのこもった声音で言われるも、言い訳に困る。

 下手なことを言うよりマシだろうと、僕は串を指差し問いかけた。

「それは、なに?」

「ん、あ? パン」


 ――パン?


「団子かなにかに見えるけど」

「パン」

「米じゃなくて小麦?」

「イエス」

 串刺しのまん丸。なるほど、よくよく見ればまん丸ではなく底が平らな丸ではあるけれど。

「ねぇ、タレ、たれてるよ?」

「なに、ダジャレ? 寒っ」

「違う、団子……じゃない、パンの……タレ? ん? ソース? 分かんない、なにそれ。知らないけど、かかってるやつ。スカートにたれてる」

 ずっと蔑むように僕を見ていた彼女の目が、満月になったかと思えば、やる気のない三日月に早変わりした。

「マジ萎え〜」

「え、それ絵なの?」

「はぁ?」

「まじな絵って」

「こういうこと起きた時、『萎え〜』って言わない?」

 萎え〜っとまだ言うんだっけ?

 少なからず僕は使っていない。『ぴえん』派だ。

 あれ、ぴえんってもう言わないんだっけ?

 時代の流れが早すぎて乗り切れない。

「いう、かも?」

「でしょ? ねぇ、パン落ちてる。ほら」

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