恋、串刺し

湖ノ上茶屋(コノウエサヤ)

第1話


 街のパン屋でポテトサラダのサンドイッチを買おうとしたんだけど、冷蔵コーナーにはツナサラダが挟まったバターロールしかなかった。

 ポテトサラダがないならないで、ハムでもレタスでも、たまごサラダでもかまわない。

 とにかく、食パンでできたサンドイッチの気分だったのに。

 仕方ないから、あんぱんにする?

 メロンパンにする?

 それともベーコンエピ?

 うーん、でもやっぱり、冷たいやつがいいな。

 仕方なしにツナパンをトレーにのせた。

 店主がレジのところにいないから、備え付けの呼び鈴を鳴らして知らせたけれど、今日はなかなか出てこない。

 大事な作業の途中だろうか。

 暇を持て余し、トレーの上でひとつだけ、寂しそうに佇むツナパンを見つめた。

 このツナパンだってサンドイッチの一種なのだろうけれど、バターロールってなんか違うんだ。

 パン生地が重いよね、食パンより。

 あれ、今どきは重い食パンが流行ってるんだっけ?

 んー、よく分からないけど。

 

 僕は軽いパンが好きだ。

 フワッとしていて、雲みたいで。

 綿菓子みたいに甘いんじゃなくて、あっさりとした雲を食べたい。

 バターロールって、風味が強いのは良いけれど、冷やすとちょっと固くなる気がするし。

「ごめんね、お待たせ」

 やっと出てきたおじさんにぴったり130円を手渡し、差し出されたお手ふきをポケットに突っ込んで、ツナパン片手に店を出た。

「またきてね」

 おじさんのやわらかい声音がはっきりと聞き取れるほど、人も車も通らない、静かなベッドタウンの一角。こんなところでよく商売が成り立つよな、なんて思う。

 特別すごいパンが売られているわけではない。コンビニやらスーパーのやつよりは美味い。いいパン屋には負けるけれど、ここのパンの方があったかい味がする。作らされてるっていうより、作りたくて作っているような。おいしくなーれって本気で唱えながら作ってそうな、そんな心のこもった味がする。

 店が潰れるのが先か、僕がこの地を離れるのが先か。そんなことはまだ分からないけれど、もし店主の生活の足しになるのなら、時々買いに立ち寄りたい。僕にとってこの店は、そんな店だ。

 

 ひとりぼっち、とぼとぼと歩く。

 やっと前から真っ赤な車が一台走ってきた。

 ブーンと普通の速度で赤が走り去っていく。

 ほんと、何も起こらなさそうな街だ。

 目の前の信号に進むなって言われたから、道の角で立ち止まる。こんなに交通量の少ない交差点で、律儀に青を待つのなんて僕くらいなのかもしれない。

 

 他に誰もいないのだから、恥ずかしくなんてない。ふと思いついたことをやってみる。

 食べたかったポテトサラダのサンドイッチを思い浮かべながら、このツナパンを太陽の光に当ててみたら、サンドイッチに――

 やっぱり、なるはずないよね。


「……邪魔なんだけど」

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