4 スライムの復讐

「謎が解けただって?」


 衝撃のあまり、俺は思わず素の口調で聞き返す。


 そばに控えていたリンも、青い肌を不安でさらに青くする。


「ええ、そうです」


 対するディックはこともなげにそう答えた。


 バカな。ありえない。俺の犯行計画は完璧だったはずだった。


 いや、もしかしたら、ディックが間違った推理をして、別の人間を犯人だと誤解してしまっているということも――


「やはり、あなたが犯人だったんですね、テイラーさん」


 一縷の望みを粉砕するように、ディックはそう宣告してくるのだった。


 い、いや、まだだ。まだ終わったわけじゃない。


 ディックは俺が犯人だと言い当てただけである。トリックについての推理が間違っている可能性はまだ残されているのだ。


「俺がどうやってヒースを殺したって言うんですか?」


「その点に関しては、最初に私が推理した通りです。

 あなたは追放の撤回を求めるふりをして、ヒースさんの部屋に入れてもらった。その際、物陰にブルースライムを潜ませた。


「それから、ヒースさんが施錠をして部屋が密室になり、また就寝して隙が大きくなったところを見計らって、スライムは彼を襲って窒息死させた。一方、その間にあなたは酒場に行ってアリバイ作りをおこなった……」


 すでに一度聞いた推理である。今更説明されるまでもない。


 俺が聞きたいのはその先だった。


「で、そのあとスライムはどうやって部屋から出たんですか?」


「出ていません。部屋の中に隠れたままです。今もね」


 この推理も一度聞いたものだった。ひょっとすると、ディックはまたもや的外れな推理をしたのではないかという期待が俺の中で芽生え始める。


 もっとも、真相に気づかれたのではないかという恐怖の方がずっと大きかったが。


「部屋の中なら、あなたの部下がさんざん探したじゃないですか」


「いえ、まだ一ヶ所探していない場所が残っていたんですよ」


「どこですか?」


「ここです」


 そう答えて、ディックはを踏みつけた。


 ベッドに横たわる、ヒースの死体である。


「あなたはヒースさんを殺したあと、その死体の中に隠れるようにスライムに指示したんです」


 外から衝撃を加えて、体内のスライムを追い出そうというのだろう。ディックはヒースの死体を改めて踏みつけにする。


「成人の食道はおよそ直径3センチほどだと言われています。対するスライムの核は、あなたの話によれば、小さなものなら1~2センチということでした。十分通れる大きさでしょう」


 そう説明しながら、ディックはもう一度死体の腹を踏みつける。


「解剖の話が出た時、あなたは強硬に反対をしていた。あれは死因が窒息死だとバレるからじゃなかったんですね? 体内にスライムがいるとバレるからだったんですね?」


 さらにもう一度。


「パーティメンバーの皆さんはブルースライムの数を八匹か九匹だと証言し、テイラーさんは八匹が正しいと証言した。しかし、実際は体内に隠れていることを誤魔化すために、一匹少なく答えたんでしょう?」


 スライムがなかなか出てこないのは、加える衝撃が弱いせいだと考えたらしい。今度は二度三度と、ディックは連続して踏みつけを行う。


「こうして事情聴取に応じたのも、やはり我々の隙を見て体内のスライムを回収するためだったんですね?」


 次は胃よりもさらに下に潜んでいると考えたようだ。ディックは踏みつける場所を、腸のあたりに変更する。


 それからも、体内からスライムを追い出すために彼はさまざまな工夫を行った。踏みつけの強さを変えたり、踏みつける場所を変えたり……


 だが、状況はいつまで経っても変わらないままだった。


「それで、いつになったらスライムは出てくるんですか?」


「違う。そんなはずは……」


 死体の中に潜伏しているという説に、よほどの自信を持っていたらしい。ここに来て、ディックは初めてうろたえた様子を見せる。


「そうだ。きっと中で耐えているんですよ」


「いくら命令があったとしても、身の危険を感じたら出てくると思いますけどね」


 いっそう強く踏みつけを行い始めたディックに、俺は冷ややかな視線を送る。


 粘体で覆われているとはいえ、踏みつけの衝撃は核まで届くはずだろう。体内にいるスライムがダメージを全然受けていないということはさすがに考えにくい。


「なら、我々が死体から目を離した隙に逃げ出して――」


「最初に部屋のどこかに隠れているという説をあなたが唱えた時、『部屋にはずっと人がいて、スライムが逃げ出す機会はなかった』と言っていたじゃないですか」


『本来なら、隙を見てスライムには部屋から抜け出してもらうつもりだった。しかし、パーティメンバーや我々憲兵の内の誰かが、ずっと部屋にいたために脱出は不可能だった。だから、あなたは事情聴取に応じるふりをして、スライムの回収に来たのでは?』


 自身の推理を、自身の過去の主張によって論破されてしまった。そのせいで、ディックはもはやぐうの音も出なくなってしまったようだった。


 だから、代わりに俺が結論を出してやることにする。


「やっぱり、ヒースはただの病死だったんですよ。あなたの考え過ぎです」


 それは推理という形を取った勝利宣言だった。



          ◇◇◇



 結局、ディックら憲兵たちは、ヒースの死を病死として処理することに決めたようだった。


 自身は潔白のまま、ヒースを殺害することができた。ここまでは完璧に俺の計画通りに事が進行している。


 あとは『暁の剣』が崩壊するのを待つばかりだが、実力者のリーダーを失ったことを考えると、これもおそらく時間の問題だろう。


 だから、本来なら街の酒場に繰り出して、どんちゃん騒ぎといきたいところだった。


 しかし、いくら追放されたとはいえ、元パーティメンバーの死を喜ぶような真似をしたら、犯人だと怪しまれてしまう恐れがある。


 そこで俺は、宿の部屋に料理や酒を持ち込んで、静かに祝杯を挙げることにしたのだった。


「憲兵って言っても大したことはなかったな」


 一見冴えない見た目だが実は切れ者で……という可能性を考えていたが、実際のところディックは見た目通り冴えない男だったようだ。多少は肝が冷える場面もあったとはいえ、最後まで真相を掴ませなかったことを考えれば、あの男よりも俺の頭脳の方が優れているということになるだろう。


「ヒースは始末できたし、憲兵は騙し通せた。あとは次のパーティを見つけるだけだな」


 すべてが上手くいっているのだ。きっとパーティ探しも上手くいくことだろう。俺はこらえきれずに笑みをこぼしていた。


「うん、そうだね」


 リンも笑顔で相槌を打ってくる。


 けれど、すぐに訝しげな表情を浮かべるのだった。


「でも、一体どうやってやったの? ?」


 処分するのが難しいせいで、俺の犯行を示す証拠は実はまだ残ったままになってしまっている。もし誰かにトリックの全貌を盗み聞きされたら、無実の判断は簡単にひっくり返ることになるだろう。そういえば、この宿は安普請で壁が薄いのだった。


 しかし、酒を一口飲むと、そんな不安は霧散していた。


 まぁ、いいだろう。考えてみれば、最初にトリックについて説明した時も、誰にも聞かれていなかったじゃないか。



 追放の撤回を求めるふりをして、ヒースの部屋に入れてもらう。その時にラリー――ブルースライムを部屋に潜ませておき、ヒースが眠りについたところで殺害を実行させる。それから、ラリーにはそのまま口から体内に侵入してもらって、憲兵の捜索から身を隠してもらう……


 これが俺の考えたトリックだった。ディックの推理は、実は何一つ間違っていなかったのだ。


「じゃあ、なんでラリーは踏まれても出てこなかったの? 頑張って我慢したとか?」


「リン、ヒースの部屋に行く前に、食事を取ったのを覚えてるか?」


『それじゃあ、作戦実行の前に腹ごしらえをするか』


 あの時のことは記憶にあったようでリンはすぐに頷く。しかし同時に、それがどうかしたのかと不思議がるような顔つきもしていた。


「本当のことを言うとな、あれも作戦の内だったんだよ」


「しばらくご飯を食べられないからでしょ? いつ死体の監視がなくなるか分からないから」


「それだけじゃない」


 確かに、あの時はそう説明した。だが、それは実行犯となるラリーがその場にいたからだった。


「実はあいつの食事にだけ、毒を盛ってあったんだよ。グリーンスライムの遅効性の毒をな」


『遅効性で、すぐに死ぬような毒ではないと聞きますが』


『あくまでも攻撃の補助が目的で、相手を弱らせるためのものですからね。走ったり戦ったりして激しく体を動かさなければ、なかなか毒は回らないくらいです』


 事情聴取でディックにも説明したが、グリーンスライムの毒は効き目が弱い。少量なら、摂ってから数時間経ってようやく効果を発揮するほどに。


「それじゃあ、ラリーは――」


「もう死んでるよ」


 ヒースを窒息死させたあと、ラリーには死体の中に隠れてもらう。そして、事前に盛った遅効性の毒で死んでもらって、外から攻撃されても体内から出てくることがないようにする。これこそがトリックの全貌だったのだ。


 このトリックの懸念点は、体調不良を起こしたラリーが、苦しみのあまりヒースの死体から出て、体外で死んでしまう恐れがあることだった。だが、ラリーはじっと動かずに体調の回復を待つという、野生動物によく見られる習性通りに行動したようだ。あるいは、「何があっても体から出るな」という俺の命令に、忠実に従ってくれたのかもしれない。


 また毒を盛ったことをラリーに勘づかれ、復讐のためにあえてヒースの体外で死なれて、俺が犯人だと告発されてしまうという恐れもあった。しかし、さすがに仲間に毒を盛られたとは考えなかったらしい。


 こうして懸念点は結局現実化することなく、俺の目論見通りラリーは体内に隠れたまま死んでくれたのである。


「だから、解剖でもしないかぎり、あいつのことがバレることはないだろう」


 俺がラリーの回収もせずに、こうやって部屋で酒を飲んでいるのも、ラリーがすでに死んでいると分かっていたからだった。


 もちろん、たとえ死体であっても、ラリーの回収はしておきたかった。犯行の証拠を残したままにするというのはやはり不安である。


 だが、場所が場所だけに、それはなかなか難しいだろう。『暁の剣』の連中が、ヒースと一緒に埋葬してくれるのを待つしかない。


「すっごーい」


「よくそんなこと思いつくね」


「やっぱりテイラーは頭がいいね」


 リンのことだから、そんな賞賛の言葉を掛けてくるだろうと思っていた。


 しかし、そうはならなかった。


「……なんでラリーまで殺したの? ラリーと何かあったの?」


「別に殺したいとまで思ってたわけじゃない」


 憎しみはない。恨みもない。むしろ、素直に言うことを聞いてくれるので重宝していたくらいである。実際、ヒース殺害の実行犯に任命した時も、ラリーは一も二もなく引き受けてくれたほどだった。


「でも、あいつはただのブルースライムだ。お前と違って、大して役に立ってたわけじゃない。だから、ヒースを殺すためなら、別にいいかと思って」


 確かに憎しみや恨みはない。だが、特別大切にするほどの情もなかった。


 食道から体内に入り込めるということは体が小さいということであり、体が小さいということは戦闘力が低いということである。はっきり言って、ラリーはいくらでも替えが効く存在だったのだ。


 そう答えた、次の瞬間のことだった。


「がっ」


 不意に呼吸ができなくなっていた。


 ベッドのシーツが、首に巻きつけられていたのだ。


 動転する俺に対して、リンが静かに言う。


「自殺か他殺かは、縄の跡を見れば判断できるって、前にテイラー言ってたよね? じゃあ、跡が残らないように柔らかい布で首を絞めれば、どっちか分からなくなるよね?」


 バカな。やめろ。お前は何を考えている……


 そう叫びたいが、首を絞められているせいで声にならない。ただ息苦しさに、じたばたともがくのがせいいっぱいだった。


「それとテイラーに教わった字で遺書も書くよ。人を殺したことに耐えられなかった、って。トリックも一緒にね」


 リンはさらにそうも続けた。


 シーツを引き絞る力はまったく弱まる様子がない。むしろ、ますます強さを増していた。


 いや、それどころか、リンに抵抗できないように、他のスライムたちまで俺の手足を押さえつけてくるほどだった。


 こいつらは本気で俺を殺す気なのだ。


「どう……して、こんな?」


「どうしてって本当に分からないの?」


 リンがそう尋ね返してくる。


 その声色は、怒っているようでも、悲しんでいるようでも、憐れんでいるようでもあった。


『なんで俺が追放されなきゃいけないんだ?』


『お前が無能だからに決まってるだろ』


 ヒースはそう言って、俺をパーティから追いやった。突然の解雇を謝罪するどころか、役立たずを切れてせいせいしたと罵倒までしてきた。


 だから、その復讐として、俺はヒースを殺したのである。


『……なんでラリーまで殺したの?』


『あいつはただのブルースライムだ。お前と違って、大して役に立ってたわけじゃない』


 俺はそう言って、ラリーを完全犯罪のための捨て駒にした。仲間に無能は不要だとばかりに、処分するような真似をしたのだ。


 だから、リンたちが俺を絞殺しようとしているのは、ラリーを殺したことに対する――


「復讐だよ」




(了)

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魔物使いとスライムの復讐 蟹場たらば @kanibataraba

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