3 憲兵の推理
他のスライムたちは、俺の部屋に待機させてあった。
リンと部屋へと向かうと、憲兵に仲間モンスターについて説明するように頼まれたことを伝える。説明は俺がするので、お前たちは余計なことをしなくていいということも。
「こいつらが俺の仲間のスライムです」
一緒に事件現場のヒースの部屋まで戻ると、俺はそう仲間モンスターのことを紹介した。
「では、一種類ずつ確認させていただきますね。まずは普通のスライム、ブルースライムから」
ディックの言葉を聞いて、俺はスライムたちに指示を出す。ブルースライムだけ前に出るように言ったのだ。
青い体色のスライムたちは、人間の拳くらいの小さなものから、頭部を超えるほどの大きなものまで、さまざまなサイズが混在していた。だから、スライムたちは規律正しく、大きさの順で列をなしていくのだった。
「ブルースライムには特殊な能力はないんですよね?」
「ええ、一般的なスライムのイメージ通りです」
半固形の粘体と内臓代わりの核で体が構成されている。防御力・再生力に優れる一方、動きが鈍いせいで攻撃力に欠ける…… 他のスライム系モンスターにも共通する特徴しか持っていないのが、ブルースライムの特徴だった。
「随分たくさん仲間にされているんですね?」
「一匹一匹は弱いので、数を揃える必要がありますから」
「ここまで集めるのは大変だったのでは?」
「それほどでもないですよ。個体数が多い分、人間になつきやすいのも多いので」
単にスライムと言った場合、大抵はこのブルースライムのことを指す。それほどまでにブルースライムはありふれた、どこにでも生息しているようなモンスターなのである。
「ちなみに、メンバーの方にお聞きしたところ、八匹とか九匹とかおっしゃられていたんですが、どちらが正しいのでしょうか?」
「八匹の方が正しいですよ」
ラリー、ボーウェン、キーラ、スケール…… それぞれに俺のつけた名前があるというのに、あいつらはやはり名前どころか正確な数さえ覚えていなかったようだ。
所詮はヒースの仲間、俺の追放に賛成したような連中である。スライムは雑魚で、スライム使いの俺は無能だとしか思っていないのだろう。
「リンさんとおっしゃいましたか。あなたも分類上はブルースライムなんですよね?」
「そっ、そうだよ」
ディックの質問に、リンはおっかなびっくりに答える。口を滑らせやしないか不安がっているのだろう。
もっとも、本当にそうされては困るので、俺も口を挟むことにする。
「一部のモンスターにたまに見られる能力なんですけどね。リンは人間に変身することができるんですよ」
ただし、スライムなら肌が青く半透明のままだったり、ドラゴンなら角や尾が生えたままだったり、何かしら元のモンスターの特徴が残ることが多い。そのため、人間になる能力があるというよりも、人型になる能力があるというべきかもしれない。
「で、でも、それだけだよ。他に特別な力はないよ」
「体が大きいのと武器防具を装備できる分だけ強いというくらいですね」
念押しするリンに続く形で、俺はそう補足説明をした。実際、戦闘時には、リンは剣や盾を手にして戦うことが多かった。
ある程度の情報はすでに収集済みらしい。「他のメンバーの方もそう証言されていましたね」とディックは相槌を打つ。
けれど、リンに関する質問はまだ終わらなかった。
「今もそうですが、お二人は酒場でもずっと一緒だったそうですね?」
「それが?」
「いえ、ただ仲がよろしいなと思いまして」
「こいつが離れるのを嫌がるんですよ」
アリバイ工作のために、人型スライムで目立ちやすいリンと一緒にいたかったという理由も確かにある。だが、リンが俺のそばにいたがるというのも事実だった。そのため、普段から二人でいることがほとんどだったのだ。
「それに、こいつは最初に仲間にしたモンスターですし、なにより強いですからね。俺にとっても特別なんです」
まだ剣士としてソロで活動していた新人時代のことである。野営中に夕食の準備をしていると、一匹のスライムが食材を盗もうとするのを発見した。
こういう場合、普通の動物なら逃げ出すところだが、モンスターはむしろ積極的に人間を襲おうとする。それこそがモンスターの大雑把な定義だからである。
しかし、そのスライムは逃げ出すことを選択した。それも盗もうとした食材をその場に置いていったほどだった。
その様子が気になった俺は、試しにスライムに食料を与えてみることにした。モンスターの中には、稀に人になつく特殊な個体がいるという話を聞いたことがあったからである。
案の定、そのスライムも特殊な個体だったらしい。与えた食料を無警戒に食べたどころか、食後は礼を言うように俺のそばに近寄ってきた。
それ以来、そのスライムは――リンは俺と行動を共にするようになり、また俺は剣士ではなく魔物使いとして活動するようになったのだった。
加えて、単に付き合いが長いだけでなく、リンは戦力としても大いに役に立っていた。武器や防具を装備することで、戦闘ではどのスライムよりも一番に活躍してくれる。さらにすでにリンが仲間にいることによって、野生のスライムたちの警戒心を緩めて、仲間に引き込みやすくもしてくれた。
だから、ディックにも言った通り、俺にとってリンは特別な存在だったのである。
「テイラー!」
「やめろよ。恥ずかしい」
感極まったらしい。抱き着こうとしてくるリンを、俺はなんとか押し止める。スライムとはいえ、姿はほとんど人間と変わらないので照れくさかったのだ。
モンスターが変身能力を獲得する条件は、未だによく分かっていない。だが、一説には、本人が人間になりたがること――特には人間に恋愛感情を持つことだと言われている。そのせいで、俺は尚更照れくさく感じてしまうのだった。
「他にグリーンスライムも仲間にしているそうですね?」
「ええ、こいつです。名前はバブルス」
俺はブルースライムたちを下がらせると、代わりに今度は緑色のスライムを前へと進み出させた。
「グリーンスライムは一匹だけで間違いありませんか?」
「ポピュラーな種とはいえ、ブルースライムよりは珍しいですからね」
人間になつくモンスターがそもそもレアなのである。モンスター自体がレアな場合、仲間にできる確率はさらに下がることになってしまうのだ。
「グリーンスライムには毒があるんでしたよね?」
「獲物を襲う時や逆に捕食されそうになった時に分泌しますね」
「剣に塗って使うこともあったそうですね?」
「ええ、ときどき採取させてもらっています」
俺はポケットから毒液の入った
すると、これを見たディックは目を鋭く尖らせていた。
「遅効性で、すぐに死ぬような毒ではないと聞きますが」
「あくまでも攻撃の補助が目的で、相手を弱らせるためのものですからね。走ったり戦ったりして激しく体を動かさなければ、なかなか毒は回らないくらいです」
そのため、戦闘を仕掛けて毒の回りを速めたり、何度も何度も毒を与えたりするというのがグリーンスライムの基本戦術だった。俺が使用する場合も、毒液を煮詰めて毒性を高くしてから剣に塗ることがほとんどである。
「あなたはヒースさんの部屋を再度訪れた時に、彼にグリーンスライムの毒を少量だけ盛った。遅効性の毒は徐々に彼の体を蝕んでいって、数時間後に死に至らしめた……ということは?」
「毒の効果だけを考えればありえることだと思います」
俺が正直にそう認めると、ディックの目はますます鋭いものになった。
「ただ具体的な原因が分からなくても、体調がどんどん悪化していることには気づくはずです。パーティには僧侶もいますし、さすがに死ぬ前に治してもらいに行ったことでしょう」
これは罪を逃れるための言い訳ではなかった。僧侶のアコは、怪我を治すだけでなく、毒や病気を癒す魔法も使える。そのため、体調不良になったら彼女のところに行くのが、『暁の剣』の中では常態化していたのだ。
「もう夜遅かったので、相手に遠慮したということは?」
「ヒースはそんなやつじゃないですよ」
「しばらく様子を見るつもりが、気づけばもう体を動かせなくなっていたというのは?」
「ですから、そんな我慢強いやつじゃないですって」
いい加減グリーンスライムの話題から離れたかった。だから、俺はディックの説の根本的な欠陥を指摘することにする。
「そもそもグリーンスライムの毒で死んだ場合、溢血点は出ないと思いますが」
それでやっと納得したらしい。「それもそうですね……」と不承不承にディックは引き下がるのだった。
「次はパープルスライムですね」
「これも一匹だけです」
俺は今度は紫色のスライムに前に来てもらった。
「パープルスライムは溶解液を分泌できるんでしたよね?」
「はい、相手の服や鎧を溶かしながら戦うんです」
そのせいで、パープルスライムとの戦闘では、装備品を劣化させられてしまうことが珍しくない。それゆえ冒険者からは単純な戦闘力以上に嫌われているのである。
しかし、そのことをディックは別の観点から捉えていた。
「パープルスライムを仲間にしているということは、人間との戦闘を想定されているということですか?」
暗に「人殺しを考えたことがあるのか?」と聞かれたに等しい。
「モンスターの毛皮にも効くんですよ。羊とか熊とかね」
「ミミックみたいに金属製のモンスターもいますしね」
即答するあたり、最初から溶解液の使い道は分かっていたのだろう。おそらくだが、ディックはわざとこちらを怒らせて、失言を引き出そうとしているのではないか。
だから、俺は逆に、努めて冷静に話をすることを心掛ける。
「あとはレッドスライムが一匹ですね。他のスライムよりも俊敏で攻撃力が高いです。代わりに凶暴で、手なづけるのは難しいですが」
俺はそう言って、赤色のスライムのことを紹介した。
「…………」
多弁な俺とは対照的に、ディックは黙り込んでしまう。
今説明した通り、レッドスライムは戦闘力が高い。だが、毒や溶解液のような特殊な能力を持っているわけではない。そのため、ディックもレッドスライムの特徴を利用したトリックを思いつかなかったようだ。
その上――
「俺の仲間モンスターはこれで全部です」
四種十一匹のスライムたちの紹介はすべて済んでしまったのだった。
どのスライムを使ったところで、密室殺人は成立しないと分かっただろう。早く自分の間違いを認めて、無実を宣言しろ。俺は腹の底でそう催促する。
しかし、ディックはまだ食い下がってくるのだった。
「スライムは他にも種類がたくさんいますよね。キングスライムですとか、メタルスライムですとか」
「それがどうかしたんですか?」
「他のメンバーには秘密で仲間にしていたということはありませんか?」
「パーティを追放されたくないのに、実力を隠す意味がありますか?」
特にディックが挙げた二種は、スライム系のモンスターの中ではトップクラスに強い。もし仲間にしていたなら、むしろ積極的にアピールしていたことだろう。
「追放後に仲間にしたということは?」
「モンスターを仲間にするのはそんな簡単なことじゃないですよ」
俺がパーティを追放されてからヒースが死亡するまでの時間は、半日かそこらというところである。先の二種が珍しいスライムということも合わせると、仲間にする以前に遭遇することすら難しかっただろう。
「仮に運よく仲間にできたとして、密室殺人にどう使うって言うんですか? キングスライムは体が大きい分核も大きいですから、尚更隙間を通るのは難しくなるでしょう。メタルスライムは金属みたいな光沢のある体のせいで、部屋の中に隠れようとしても目立ってしまうはずです」
「マリンスライムは――」
「あれは海中に適応しているというだけです」
ディックの意見を、俺は言下に否定した。
「追放後に仲間にした○○スライムを使えば犯行は可能だった」と難癖をつけられてはたまらない。そのため、スライムに限らずあらゆるモンスターを使ったところで、今回の密室殺人が不可能である(ように見える)ことは事前に確認済みだったのだ。
「仲間のスライムが突然特殊な能力に目覚めたという可能性は?」
「それを言い出したら、なんだってありじゃないですか。実はパーティメンバーの誰かが施錠の魔法を開発していた、とかね」
俺は呆れる一方で、内心ほくそ笑んでもいた。こんな無茶を言い出したということは、いよいよ推理が行き詰まってきたということではないだろうか。
「ヒースが死んだのは、やはり心臓の病気のせいだったのでしょう」
とどめの一撃を加えるように、俺は改めてそう繰り返す。
だが、ディックは未だに自身の唱えた窒息死説を信じているようだった。
「……そういうことなら、解剖を依頼してみますか」
検死は未発達かつ未普及の技術である。特に死体を傷つけることは宗教等の理由から忌避感が強いため、解剖についてはまだ一部の大都市くらいでしか行われていない。
だから、俺も解剖は行われないという前提で犯行に及んでしまっていた。
「わざわざ死体を送るんですか? 王都まで?」
「捜査のためですから」
「ムダでしかないと思いますけどね。本当に意味があるんですかね」
この反応はあからさま過ぎたらしい。俺の動揺をディックは見逃さない。
「死因が分かったら、何か困ることでもあるんですか?」
「万が一、いいですか? 万が一、死因が窒息死だったとしても、俺が犯人ということにはならないんですよ。どうやって密室殺人を行ったのか分からないんですからね」
「それは……」
俺の反論に、ディックは語勢を失ってしまう。
いいぞ。この調子で畳みかけろ。今ここで捜査を打ち切りに追い込むんだ。
「俺だって暇ってわけじゃないんですよ。追放されたせいで、早く次のパーティを探さないといけないんですから。このあたりでいい加減事情聴取を切り上げさせてもらえませんかね?」
「ええ、いいでしょう」
ディックはそう頷く。
それから、挑発的な笑みを浮かべた。
「謎はもう解けましたから」
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