吉田の出来ること。



「事情は何となく分かった。それで、吉田はこれからどうするんだ?」


「………………どうしよう。どうしたらいい?」


 どうしたら良いか。その漠然とした質問に対し、俺は明確な答えが返せない。


 そも、俺自身だってこの世界で何したら良い? って状況なのだ。特に使命とか無いし、無垢魂としてポセイドン様に信仰を捧げるくらいしか存在意義が無い。


「んー、吉田が自分の能力を最大活用出来るなら生活自体は問題無いと思うけど……」


「カイト、ヨシダは何が出来る?」


 嫁に袖を引かれて問われる。吉田は何が出来るか、何を得意とするかを問われたなら、それは一言で返せる。


「料理」


 そう、吉田は料理人なのだ。結構ガチな奴。


 俺と吉田が仲良くなったきっかけはキャンプと釣りだが、より深く友情を育めた理由は料理である。


 大将に仕込まれた俺の居酒屋系料理の腕と、両親からの英才教育を受けて育ったガチの料理人は殊更ウマが合った。


「…………カイトと、キャラ被り?」


「いや被ってねぇよ」


 あと、仮に被っててもそういう事を言うな。


「お料理が得意なんです? でもそれなら、仕事も見つかりそうな気もするです。なんで行き倒れてたんです?」


「いや巨乳さん、考えてみてくれよ。身寄りも無く身分も信用も無い人間を厨房に立たせる飯屋があるかい? 時代的にも、厨房って多分だけど財産が詰まった場所だし、何より客の口に入る物を怪しい人間に触らせる訳がねぇと思うぞ」


「とりあえず巨乳さんって呼ぶのやめて欲しいです」


 吉田の言う通り、異世界から着の身着のままで放り込まれた身寄りも身分証明も信用も無い怪しい人間を雇う飯屋なんて無い。


 中毒でも起こされて悪評でも立てば致命傷だし、厨房ってのは鍋や包丁なんかの鉄器が詰まった財産の宝庫。工業的に量産などされてない鉄器は鍛冶師が一つ一つを手作業で作り上げる物だし、当然ながら高額だ。


 一つ二つ盗まれるだけで大打撃を受ける店の心臓部に、信用の無いよそ者を入れる訳が無いのだ。


「逆に言えば、厨房を使わせてくれる場所なら吉田は勝手に金を稼げる。だからぶっちゃけると、俺は心配してないんだよな」


「いや、でもその『厨房を使わせてくれる場所』を探すのが難題なんだろ? それとも、河野には当てがあるのか?」


「オフコース」


 当てがあると言うか、当てを作れると言うか。


「無いなら俺が用意すりゃ良いじゃんね。カイシン食堂の料理人確保も出来るし、一石二鳥だぜ」


 むしろ願ったり。俺は釣りに行って魚の調達に専念出来るし、店の料理は吉田の腕によって質が向上する。吉田の料理は俺よりも上だ。大将にも比肩しうる本物である。


「ついでに、キトにも店を手伝ってもらえば良いし」


「……きとも、おてつだいできる?」


「もちろんだ。エーリンさん達もきっと良くしてくれる」


 エーリンさん達はあれだ、バイトのおばちゃん達だ。手際も良かったし、手が空いてるならまたお願いしたい。


「本当に、そんなに料理が凄い?」


「おう。少なくとも俺は勝てない」


「カイトさんの料理も、凄く美味しいですよ?」


「いや待て、なんか勝手にハードル上がってて怖い怖い。俺と河野の間にそんな凄い差は無いぞ? 河野の料理だって本当に美味いんだから」


 まぁ、強いて言うなら居酒屋で強い和食系と、酒と相性の良い揚げ物系はギリ俺の方が強い。だけどそれ以外は軒並み吉田の方が上で、しかも和食と揚げ物系だってギリなのだ。ほぼ同じレベル。だったらもうそれは負けてるのと同じだと思う。


「なぁ吉田、試しに何か作ってくれよ」


「良いけど、機材は?」


「カセットコンロで良い?」


 インベントリからコンテナを出して中身を漁ると、「このチート持ちがよぉ……」と何とも言えない顔をされた。いや悪いの俺じゃないし。


「何作って欲しい?」


「吉田が得意なのって洋食だっけ?」


「まぁそうだな。中華も行けるけど」


 専門学校など行く前から完成されてしまった天才。あらゆる分野に手を出して全てを吸収し尽くした男。英才教育を施した両親さえ、もう教える事は何も無いと太鼓判を押す鬼才。それが吉田優也なのだ。


 確か、どっかの料理コンクールとかでも金賞貰ってなかったっけ?


「魚は好きに使って良いのか?」


「他にも欲しいものがあったら言ってくれ。用意するから」


「ふーん。…………じゃあ、そうだな。オリーブオイルと、ニンニクを頼む」


「あれ? ニンニク無かったっけ?」


「ニンニクチューブじゃなくて、そのままの奴が欲しい。あと鷹の爪もか? スキレットは有るみたいだし……」


 スキレットで作る料理で、ニンニクとオリーブオイルと鷹の爪? アヒージョか?


 他にも諸々と言われた物を用意し、病室の中でそのまま料理を始める吉田。水が必要だったら俺が魔法で出すので大丈夫。


「魔法とか俺も使いてえ……」


 ぼやきながらも料理をする吉田は、凄まじい手際であっという間に料理を完成させた。


「ほい、アーリオオーリオ。それとアジのポワレ、チリトマトソース添え」


 違った。凄いシンプルな料理が出て来た。アーリオオーリオとはペペロンチーノの唐辛子抜きであり、ペペロンチーノはアーリオオーリオの一種である。


 アジじゃなくてアロだが、ポワレとは皮をカリッカリにしながら焼き上げる魚のソテーである。どちらもシンプル過ぎるくらいにシンプルな料理であり、これらで腕の違いを見せようとするなら相当な実力が必要だと思われる。


「ペペロンチーノにしなかったのか?」


「ペペロンチーノだと辛味がダイレクトだから、そっちの二人が辛いの食えるか分かんねぇしアーリオオーリオにした。チリトマトソースは辛味も抑えてあるから、子供でも食えるはず」


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釣り人の異世界無双。〜釣れば釣るほど強くなるから飯テロしながら釣りをする〜 ももるる。【樹法の勇者は煽り厨。】書籍化 @momoruru

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