第2話



「そりゃおめえ、騙されてんのとちゃう?」


【マーフィズ・ショップ】という名の部品屋の店先。

 ぼくはいつも通り、在庫はあるかとたずねた。


 マーフィの名は、店長の名前が由来らしい。

 でも、どうにも嘘くさい。


 なぜなら店長の顔は、純粋の東洋人のそれだからだ。

 つり目の瓜ざね顔で、白人の血は一滴も流れていそうにない。


 もしかしたら乗っ取った店の、前の店長の名前かもしれない。

 そうじゃなきゃ、移民の常で【通名】として名乗ってるか……。


悪戯いたずらするため、国宝級の品を預けるヤツなんていないよ。それより光波増幅トランジスタの在庫、あるかい?」


「まあ、待てってば。そんな出土品みてえな部品、店先に置いてるわきゃねえだろが。まぁ、奥に入んな」


 マーフィは、店の奥へと通じる狭い入口に消えていく。

 ぼくの胸までしかない短驅をゆらしながら。


 在庫あさりを手伝うのは気が引ける。

 かといって期限まであまり時間もない。


 しかたなく協力することにして、せまい部品陳列棚を乗り越えた。


 延々と古びたアルミ合金製の螺旋階段を降りる。

 ずいぶんと深い地下室だった。


 このビルもエィジア建造と同じくらいに古い。

 あちこち補修や改築のあとが残っている。


 まるで魔宮の迷路。

 階段を降り、何度か地下道の曲がり角を折れた所に、その倉庫はあった。


 マーフィは、キョロキョロと通路を見まわしている。

 ぼく以外、だれもいないってのに。


 ようやく安心したらしく、扉の3次元ダイヤルをまわした。


「なんせ、ここは宝の山だからな」


 ふり向いて、にやりと笑う。


 四重にかけられた電子錠を外す。

 さらに指紋と網膜チェックを行なう。

 やっと扉が開いた。


 部屋の照明をつけると、マーフィは中古のオンライン端末を立ちあげた。

 型は古いが、ついこの前まで、第1層で使用されていた本物の最高級品だ。

 マーフィもまた、ぼくと同じくゴミあさりの常連なのだ。


 音声入力とオプチカル・データグローブを併用。

 手際よく在庫チェックを行なっていく。


 うまく照合できれば、すぐに結果が出る。

 前方のコンテナ出口から、該当する部品が流れてくる仕組みだからだ。


「こりゃ、変だ……」


 しばらくのあいだ検索と照合を行なったあと。

 マーフィは困惑した表情でつぶやいた。


「在庫がないのかい?」


「うんにゃ。まだ、おまえさんの注文まで行ってないんだけど、なんか変なんだ」


「どんな風に」


 一緒にホロ・ディスプレィを覗きこむ。


「見てみなよ。可視光フィルタ内蔵の結晶プレキシレンズ一式、超伝導ケーブル、電磁波トランス用のブースター。とどめに水素吸着合金製の蓄電池1ダースだぜ。これがみんな、昨日の出荷になってるんだ」


「金持ちのお客が団体で来たのか?」


「いいや。いくら第1層のお偉いさんでも、100年から200年も前の骨董品を、いっぺんにこれだけ買えやしねえよ。だいいち、ぜんぶ別人が購入しているぜ」


「じゃ、たまたま重なっただけじゃん」


 マーフィの愚痴なんか、いまは聞きたくない。

 それより注文の品をはやく探してほしい。


「問題は、こいつら全部がオンライン売買になってるってことだ。おれの知らねえ間に、どっかの誰かさんが、大挙して勝手に買いつけて行きやがった。こんなこた、開店以来はじめてだ」


「金は振り込まれてるんだろ」


「ああ。それも売値に色つけて入金ときた。どう考えても、こりゃ口止め料ってこったな」


 マーフィは映像をスィープして、つぎの映像を浮かびあがらせた。


「ありゃりゃ……」


「どうした」


「光波増幅トランジスタまでリストに入ってるよ。それもエィジアの裏ルートにある25個すべてと来たもんだ。残念だけどあんた、先を越されたね」


 困ったことになった。

 エィジアに在庫がないとなると、地球に発注をかけなきゃならない。

 それが届くのは、最速でも定期の大型貨物便がくる20日後だ。


 マーフィは『どうする?』といった顔で、ぼくを見あげている。


「そいつから、ひとつ譲ってもらうさ。ぼくのシルバーカードに、買い主の住所をコピーしてくれないか?」


「おいおい! 顧客の秘密だぜ」


「なあ、ぼくとあんたの仲だろう? あんたに聞いたなんて言いやしないよ。ぼくの店のオンラインで調べたことにするからさ」


「でもおまえんとこのじゃ、この流通オンラインにはアクセスできねえだろが」


「そこは、ぼくが改造したことにする」


 マーフィはうんざりした表情で忠告がましく言った。


「世の中じゃそれ、ハッキングっていうんだぜ」


「いいって。どうせ罪を犯すのは、ぼくだし」


 カードをむりやり端末に押し込むと、にっこりと笑った。


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