第3話

 マーフィの店の部品が流れて行った先。

 そこは第3層に住んでいるエンジニアの自宅だった。


 なんとしても買い戻さないと……。

 その一念で、ぼくは西10番区の昇降シャフトに向かった。


 シルバーカードを持っているので、シャフトの使用に制限はない。

 ほんの数分で第3層に到着した。


 そこから軌道タクシーに乗る。

 カードに記録されている住所へ行くためだ。

 やがてタクシーは南6番通りを突きぬけ、住宅街の一角で止まった。


 目の前に一軒の集合住宅が建っている。

 そこの13階がお目当ての場所だ。


 玄関の警備アンドロイドに来訪の意図を告げる。

 、通過許可をもぎ取った。


 暴走するアンドロイドを後に、リニア・エレベータでかけ上がる。


「すみません、サトウさんのお宅でしょうか」


 ぼくは玄関の応対ディスプレィにむかって告げた。


「この建物には、サトウの苗字だけで五人いるわよ」


 無愛想な女の声が返ってきた。


 目の前のディスプレィは消されたまま。

 ぼくは、うんざりした気分になった。


 ドアのむこうにいるはずの……。

 自意識だけが肥大した、色気皆無のババアを想像したからだ。


「佐藤美希さんでしょう? お願いがあるんですよ、開けてください」


「あなた、だあれ」


「古物商をやってる楠田といいます。昨夜、お買いあげになった商品のことで……」


 ぼくの顔は今、とてつもなく意地悪に見えているんだろうな。


「ちょと待って」


 ドアに据えつけられている防犯チェック・トレーサー。

 それが武器その他を携帯していないか、全身走査を始める。


 すぐにブザーがなる。


【スタンガンを検知しました。保管箱に入てください】


 もともと使用する気などなかったので素直に入れる。

 どうせ帰るときに返してくれるだろう。


 やっと圧搾空気の漏れる音がして、緊急時にはエアロックになる扉が開いた。


「ふえぇ……」


 玄関口に出てきた美希は、すばらしい美人だった。

 光学エンジニアという肩書きから、前時代的なババアを想像していたのに。


 ぼくは、すっかり肩透かしを喰らってしまった。


 光学エンジニア……。

 その職は死語に近く、現在は素粒子波動エンジニアという、統一場理論に基づいた最先端の職業に吸収されている。


 いまさらながらに昔の名を使うのは、無知で頑固な年寄りばかりだと思っていた。


「なにが欲しいの」


 美希はいきなり核心をついてきた。


「と、いうと?」


「だって、に来たんでしょう。どこで話を聞いてきたのか知らないけど、時間が惜しいの。さっさと言ってちょうだい。お金、それとも身体?」


 とうとう恐喝屋にされてしまった。


 美人が柳眉を逆立てているのを見るのは、スリリングで本当に楽しい。

 金か身体を選ばせるって所も、ぼくの好みにピッタリ合っている。


 だけど時間がないのはこっちも同じ。

 残念だけどタネ明かしをすることにした。


「君が手に入れた部品……その中の光波増幅トランジスタを、1個わけて欲しいんだ。もちろん手数料込みで代金は支払う。エィジア中の在庫をみんな買いつけられちゃ、ぼくの仕事ができなくなってしまう」


「あら、脅しじゃないの」


「残念ながら」


「なんだ。あんなもの買う人なんていないと思ったから、予備のつもりで、ありったけ買ったのに……それで、何に使うの」


 すこしだけ眉の角度が和らぐ。


 でも、犯罪者と疑ったことに関しては、一言も謝罪しない。

 ならば、それなりの対応をしよう。


 ぼくは頭を掻きながら、最上級の微笑みを浮かべた。


「ともかく、なにか飲み物を」


 これは、特別の合言葉。

 あの日、【謎の依頼者ムーマ】から教えられた言葉だ。


「それじゃ、あなたも!」


 美希は、かすかに母国語なまりの残るエィジア標準語を口にした。

 驚いた顔が、またエキゾチックでいいなあ。


 予想通り……。

 この合言葉に反応するってことは、ムーマ絡みってことだ。


「内緒だよ。君も秘密厳守を言い渡されているんだろ?」


「ええ……まあ、そうだけど」


 部屋に入ると、意外ときれいなリビングに通された。


 合言葉のつもりだったのに……。


 本物の日本茶が、目の前の低いテーブルに乗っている。

 やわらかな香りが部屋を満たしていく。


「それにしても、あのムーマっていう人、わたしたちに何をさせるつもりなのかしら」


 すこし戸惑った美希の表情は、それはそれで魅力的に見えた。


「あなたにはレーザー・ホロビジョンの修理。わたしには拡大投影用の空間ディスプレイの修理だって。大昔の映画大会でも開くつもり?」


「さあ、ぼくに聞かれても……。でもプラチナカードを持っているってことは、第1層の研究者か、中央政府の役人ってことだろ? そんなお遊びをやってる暇なんて、どこにもないって思うけど」


「いいわ。どうせディスプレイを渡すとき取っちめてやるから。なんなら、あなたも一緒にやらない? 修理するなら、こっちのほうが設備もいいわよ」


 どうやらぼくは、嫌われなかったらしい。


 ぼくも美希のことが、少なからず気になってる。

 このまま帰るのは惜しいと思っていたところだ。


 うまくいけばウッフンの関係に……。

 夢はとめどもなく広がって、鼻の下も同じくらい伸びる。


 だけど、すぐ現実に戻った。


「不問が条件だから、契約違反で違約金を請求されないかな」


「あなたって意外と肝っ玉ちいさいのね。それでも日本人なの。ちゃんとフンドシの下に、モノぶら下げてるの?」


 可愛い唇から、とんでもない言葉が飛びでてきた。


 いやいや……。

 いまどき褌なんて、日本人でも死語ですよ?


 ぼくはあわてて「一緒に仕事をしよう!」と言った。



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