第4話



 一緒に仕事をすることになった美希。

 彼女は美人なだけじゃなく、傑出した才能も隠し持っていた。


 その結果……。

 ぼくの仕事であるレーザー・ホロビジョンの修理は、あっという間に終了してしまった。


 美希はいろいろとアドバイスしてくれた。

 普通の修理やごまかしならぼくも得意だけど……。


 たとえば。

 光波増幅トランジスタを使う場合、結線しにくい光ケーブルを直結するって荒業がある。でもそれをやると、かなりの確率でデータ転送率が激減してしまう。


 そこを美希は、半導体レーザーを仲介して繋ぐ方法を考えてくれた。

 このアイデアがなければ、ぼくはまた微細溶接機マイクロ・ウエルダーを求めて、ジャンク屋めぐりをしなければならないところだった。


 だけど……。

 ぼくの仕事にくらべると、美希の仕事は思うようにはかどっていないみたい。


 原因はわかってる。

 ムーマに渡された空間ディスプレィの破損が激しく、どうしても手持ちの材料だけでは修理できないことがわかったからだ。


 すでに光波増幅トランジスタの在庫は使いつくし、それでも足りない状況だった。


「駄目!」


 突然美希は、マニピュレータのハンドルを放り出すと椅子の背にもたれかかった。


「なんとか光波干渉型GSI(極超密度集積半導体)の一部を流用しようと思ったんだけど、とても負荷に耐えられそうにない。昔の半導体って、頑丈さだけは一級品なんだもの。今の部品じゃとても代りにならないわ」


「すこし休むかい」


 ぼくは部屋に備えつけのベッドに腰かけたまま、遠慮がちに言った。

 自分の仕事が終わった以上、本来ならここにいる理由なんてない。

 でも、なんとなく居座ってしまった。


「ええ、そうする。何か……まったく別の方法を見つけなきゃ駄目ね」


 美希は椅子の上でおおきく背伸びをする。

 ぼくのいるベッドのほうに歩いてきた。


「気晴らし、する?」


「いいね」


 ぼくと美希は、とうの昔にベッドの仲になっていた。


 男女がひとつの部屋に閉じこもって、もう3日も外に出ていない。

 そのあいだに食事だけしてたなんて言う奴がいたら、とんでもない大嘘つきだ。


 美希は人工絹糸で織られたランニングシャツを、無雑作に脱ぎ捨てた。

 その下には、なにも付けていない。

 たちまちぼくの目の前に、ふっくらとした釣鐘型の乳房が現れた。


「吸って」


 言われるがままに、ぼくは美希の乳首を吸った。


 今朝からシャワーを浴びていない肌は、ほんのりと塩辛い。

 かすかに体臭がする。


 でも他の人種に比べれば、気になるほどじゃない。

 それどころか、ますますぼくの欲求を高めてくれる。


「もう一度、マーフィを締めあげてみるよ」


 ぼくは美希のジーンズ製の短パンをおろしながら、耳もとで偉そうに囁いた。


 この部屋に居座る正当な権利を、無理矢理にでも口にする。

 その気になれば、ぼくはとことん図々しくなれる。


「なぜ?」


「こうなったら、ムーマが依頼した技術者全部を集めて、いったいなにをやろうとしているのか突きとめるのさ。そうすりゃ道も開けるってもんだ」


「いい……アイデア、ね」


 美希の返事は、すでにあえぎに近い。

 必要以上に、耳の中へ息を吹きこんだせいだ。


 ぼくは話をするのをやめて、べつの作業に専念しはじめた。



※※※



 夜時間に切りかわると共に、ぼくと美希は行動を開始した。


 シャフトを降りて、まっすぐにマーフィの店にむかう。


 きちんと事情を説明して、ほんのすこし同業者にしか使えない脅しの調味料をふりかけると、マーフィはあっさり口を割った。


「お前さんにゃかなわないな。でもこのリスト、死んでも人にゃ漏らすなよ。そんなことしたら、俺もお前も商売できなくなっちまうぞ」


 そう念を押した上で。

 ホログラム手帳のプロテクトを、ぼくの安静状態時の生体電流周波に同調させた。


 これでリストを見ることができるのは、ぼくが生きていて、なおかつ拷問にもあっていない時に限られる。


 ぼくたちは、休むまもなく第3層へと舞い戻った。


 なにしろリストに記されている連中の数が、思ったより多かったのだ。

 それらをしらみつぶしに調べるとなると、とてもムーマの言った期限には間に合いそうもない。


 期限までは、あと1日半しかなかった。


「どうする、シュウ」


 美希はぼくの名前を音読みの愛称で呼んだ。

 秀行ひでゆきという名は、日本人以外には喋りづらいという理由だそうだ。


 ちなみに美希は、純粋の日本人じゃない。

 いろいろ混じりすぎて、本流のルーツが特定できないみたい。


「とりあえず関係するパートの人物を当たろう。君がディスプレィでぼくがホロビジョンだから、そのあいだには必ず制御パネルが必要なはずだ。リストによると……」


 ぼくは深呼吸をしたあと、手帳のプロテクトをはずした。

 開いた手帳の上の空間に、ちいさな画面が浮かびあがる。


「えーと、こいつだ。なんだって! 第2層の生理学者だぜ、この男」


 リストにはホー・チャン(電子生理学者)と書かれている。

 サイビック・コントロール装置の担当だ。

 最後のほうに第2層の住所があった。


「そのホーさんとやらを、早いとこ探しましょう」


「でもぼくのシルバーカードじゃ、第2層は制限条項がつくんだ。もし政府所轄のアパートメントだったら入室できないよ」


 ぼくはもともと第2層の住民だった。

 シルバーカードはその証明みたいなもんだ。


 でもって、第2層の個人住居に無条件で侵入できるのは、より上位のカードを持つものに限られる……。


「あなた、ムーマにプラチナカードを預かってるでしょう?」


「なるほど、あれがあったっけ。でも無断使用がばれたら、えらいことになる。それにぼくのカードには、クレジット引出し以外はプロテクトがかかっているんだ」


「ちょっと、貸して」


 美希はさし出したプラチナカードと、自分の預かった同じレベルのカードを見くらべた。


 そしてフフンと笑うと、背負っているデイパックから見慣れない機械を取り出す。


「なんだ、それ」


「まあ、見てて」


 美希は2枚のカードを機械のスロットにさし込み、いくつかのボタンを押していく。


 しばらくするとホロ・ディスプレィに数値が現れてきた。

 数値にあわせて数回ボタンを押す。

 それが終わるとカードを抜き出した。


「これでオーケーよ。制限のほとんどは解除されたわ」


「魔法でもつかったのか?」


 第1層住民用のプラチナカードが、いとも簡単に改竄された。

 本気で驚いた。


「馬鹿ね。この機械は光波位相アナライザよ。ふたつのカードのホロ・データを比較分析して、各部の記録を解析したの。

 その結果、個人情報だけは位相が合わなかったけど、その他はちゃんと解析できたわ。ディレクトリさえわかっちゃえば、書き換えるなんて楽なもんよ」


だったとは驚きだ」


 かつてはハッカー。

 そのうちクラッカー。

 そして現在はブラスター。


 呼び名は変わっても、やってることは変わらない。


「実行したのはこれが始めてよ。いつもはシミュレーションだけで満足してたわ」


 美希はそう答えると小さくウインクした。



※※※



 時間がないので、最速で第2層の住所に向かった。


 ホー・チャンは、ベトナム系の中国人だった。

 子供っぽい顔つきのくせに、態度だけはエリートそこのけにでかかった。


 ぼくと美希は、なだめたり脅かしたりして何とか部屋に入ろうとした。

 でも、すべてダメ。


 最終的に入室できたのは、改竄したプラチナカードのせい。


 ホーはカードを見るなり、いきなりへろへろと愛想を浮かべ始めたのだ。


 どうやら、ぼくたちを第1層の住人だと思いこんだらしかった。


「君たちは、ムーマとは別のエージェントなのか?」


 部屋に入りリビングのソファーに座るよう薦められた。


 ホーはナイフで皮膚に切れめをいれたような目で、上目使いにぼくたちを見ている。


「いいや、エージェントじゃない。ただ、ムーマの関係者には違いないけどね」


「それを聞いて安心した。なにせという噂が、私たちの耳にまで聞こえてくるくらいだから、てっきり仕事をキャンセルされるのではないかと心配していたんだ」


「長老……は、そんなに悪いのか?」


 もちろん、これはブラフ。

 長老とやらが何者か、まったく知らない。


「第1層の住民のくせに、知らないのか!」


「ぼくたちも、あんたと同じような仕事を受け持っているんでね。実のところ、ずっと閉じこもりっぱなしだったんだ」


 嘘は言ってない。


「なるほど……どうりで見た目が汚いって思った。で……まあ、あの老人も半分はサイボーグみたいなものだから、とうとう中枢神経がいかれてきたんだろうな。

 人間、100歳を越えると、どれだけ人工器官や大脳賦活剤を使っても、そう長くは持たない。噂じゃ、もってあと数日から数週間だそうだ」


「ねえ、長老の名前……なんて言ったっけ。忘れちゃった」


 美希がぼくにむかって尋ねた。

 うっかり聞き過ごしていたら本気にしてしまいそうなほど、それは自然な言い方だった。


 ぼくの相棒は天性の役者らしい。


「名前ねえ。長老っていつも言ってたから……」


 ぼくは懸命に思いだすふりをした。

 ただしそれは、記憶のどこを掘り返しても絶対に出てくるはずがない。


「やぐも。漢数字の八にたなびく雲と書く――八雲だ。2人そろって間抜けだな」


 案の定、ホーが答えてくれた。


「そうだったっけ?」


「最初期のエィジア建設スタッフの1人だ。外殻構造設計と遠心装置の設計を行なった、功労者八人衆の最後の生き残りだ。思いだしたか?」


「ああ、あの八雲老人か。だれが最後に残ったか、よく覚えていなかったんだよ」


「ところでホーさん。例の仕事――サイビック・コントロール装置の修理の見返り、あなたは何をもらうつもり?」


 美希が絶妙のタイミングで話題を変えた。

 今度の話題は、ぼくたちにも答えられる種類のものだ。


「君たちは、ほんとに何も知らされてないんだな。とはいえ、私も自分で調べなかったら、同業者がだれか、まったくわからなかったけど」


「ムーマは、ぼくたちに仕事を依頼する以外はなにも言わなかった。それに同業者のことも。ここにいる美希は、ぼくが苦労して探し出したんだ」


 これは、完全に本音だ。

 たまには本当の事も言っておかないと、どこでボロが出るかわかったもんじゃない。


「私はこの仕事を成功させたら、第1層へ推挙してもらうことになっている。君たちのような、すでにあそこの住民になってる連中には、私の気持ちなど理解できないだろうな」


「へえ、第1層の住人にねえ」


「そうさ。それを行なうことのできる権限は、中央政府要人にしかない。君たちと同じプラチナカードの持ち主だよ。私がどれだけそのカードにあこがれているか、到底理解してはもらえんだろう」


 そう言ってホーは、ぼくの手に握られているプラチナカードを複雑な視線で見た。


「それに君たちに対する成功報酬も、おおかたは想像がつくよ。八雲老人は、死ぬ前にぜひやり遂げたいことがある、そう言っているそうだ。

 それを叶えてくれた者には、自分に与えられた権限のすべてを譲り渡すと約束したそうだ。

 どうせその一部を貰うつもりなんだろうけど、いまの私には手の届かない世界の話だな」


 はじめて聞く話に驚き、そっと美希を見た。

 美希も、どうしたら答えたらいいのかわからずに、ぼくのほうに視線をむけている。


「美希さん。君たちは、どこを受け持っているのだ?」


 ホーがいきなり質問してきた。

 美希は答えていいかと、目線で合図を送ってきた。


 ぼくは声にだして、答えるよう指示する。

 美希は安心した表情になり、ぼくたちの仕事について説明しはじめた。


「なるほど。ホロビジョン、ディスプレィ、サイビック・コントロール装置、それに私の仲間が直している三次元位相コンピュータ……これらを合わせると、宇宙空間に映像を現出させることができる。

 まだデータ記録装置と位相アタッチメントがないが、それらがそろって、かつデータバスを中央研究所に連結することが可能だとすると、エィジアのレーザー砲を、どこででもゲーム感覚でコントロールすることができるな」


 ホーは優秀な技術者特有の、目のさめるような論理展開を披露した。


「八雲老人はその昔、同じ宇宙港であるアルテミスやコロンビアに脅威を感じて、環太平洋国家連合のためにエィジアを作ったそうだ。

 もしそうだとしたら、生きているうちにこの2つを叩きつぶしておこうと思っても、ちっともおかしくない」


「ちょっ! ちょっとまってよ。長射程大容量レーザー砲は、各宇宙港間の相互協定で、直接には攻撃できないようにセッティングされているはずでしょう?」


 美希はホーの説明を完全に理解していた。

 その上でホーの推論の欠点をつく。


 ぼくはといえば……半分も理解するのがやっと。

 ただ茫然と、2人の天才による会話を見守るしかなかった。


「定期査察のはいる軍警察情報センターのコンピュータを介さずに、直接的にレーザー砲をコントロールすればいい。

 射程の制限も照準距離も、自分たちの作り上げた装置とプログラムで制御すれば、そんなもの無制限に拡大できる。ハードウェアは、理論的には無限射程なんだよ」


 たしかにホーの言う通りだ。

 しかし、それでも地球の反対側は、地球が邪魔で狙えない。


 だが3基の宇宙港は、意図的に正三角形の頂点に位置する場所に建設されている。


 三角形の中には、すっぽり地球がはまっている。

 だから互いに、ぎりぎり目視できる場所だ。


 相互監視とレーザー砲による確証破壊。

 疑心暗鬼だからこそ成りたつ、人類史上で最低のドクトリンだった。


「エィジアから他の宇宙港にむけてレーザー砲を発射すると、地球の大気圏ぎりぎりをかすめることになるわよ。

 そんなことしたら大規模な気象変動が起こって、地上は大混乱に陥ってしまうじゃない。

 それにエィジアが環太平洋国家連合の真上に位置している以上、すぐに他のブロックとの戦争に発展するわよ」


「そんなこと、死にかかった老人の知ったことじゃない……って考えてるだろうな。賦活剤で半分狂った頭じゃ、敵に対する恐怖だけが増長されているんだろう。

 そして私も、あまり考えたくないね。第1層の住民になるためには、多少のことには目をつぶるさ」


 ホーは細い目をますます細めて、陰湿そうな笑いを浮かべた。



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